第254話 乃愛の不満③

2年前、当時中学3年生だった伊集院乃愛は第一志望の高校であった桜風学園への進学を諦めた。


学力的にも、将来を考えても入学したかった名門女子校。乃愛は社長令嬢であり、親は県内屈指のお嬢様学校である桜風学園に入学させたがっていた。だが、乃愛の進学時点での桜風学園にはまだ野球部がなかった。


だから乃愛は、同じように野球部がある学校の中で、桜風学園の次に学力の高い女子校である白桃女子への進学を決めたのだ。


もちろん、野球がやりたいから桜風学園への進学を拒むなんて伊集院家においては大問題であり、長期的に両親と揉め続けることになった。両親とは願書の出願間際までもめ続けたけど、2つ年下の妹の美愛みあが一緒に両親のことを説得し続けてくれたおかげで渋々ながら同意をしてくれたのだった。


「再来年、美愛が入学するまでに白桃女子を強くしておいてね」


白桃女子高校の入学式の前日に、美愛は乃愛に伝えた。クスクスと笑う美愛のことを見て、乃愛は目を丸くする。


「美愛も入学するつもりなの?」


「もちろんだよ! 美愛はお姉ちゃんと一緒のチームで日本一になるんだから!」


無邪気にVサインを向けてくる妹の笑顔を見て、ため息をついた。姉妹揃って白桃女子に入学するなんてことになったら両親はどのくらい怒るだろうかと思うと、乃愛は頭が痛くなる。


とはいえ、自分の進学を応援してくれた美愛のことを、今度は乃愛が後押ししてあげたいという気持ちは強い。


白桃女子高校野球部を強くして、名門校にしてしまえば両親への説得材料としてプラスになる。だから、乃愛はどんな手を使っても勝ちにいかなければならない。


まあ、そもそも桜風学園に野球部があれば乃愛も美愛も進学問題に頭を抱える必要なんてなかったのだけど、ないものはしかたがない。お嬢様学校の校風的にも泥まみれになる野球とは相性も悪そうだし、もう諦めるしかないと思い覚悟も決めていたのに……。


(それなのに、どうして桜風学園に野球部があるのよ!)


外で活動のする運動部自体の存在しなかった桜風学園にはこれから野球部ができる見込みは少ないと確信していた。それにも関わらず、なぜ目の前には桜風学園野球部という存在していなかった部があるのか。


「絶対に負けませんから……!」


乃愛は両手に思い切り力を入れてからもう一度桜風学園ベンチを睨みつけた。

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