第250話 店内での喧嘩は厳禁です⑧
「ちょっと、何すんねん!」
華菜が強引に、フォークを握った凄美恋の手を開かせる。先程までぼんやりとカルボナーラを巻いたり解いたりしていたフォークが手から離れて食器に当たり、カチャリと音がした。
無理やり開かれた手のひらは硬くなっていて、言葉以上に凄美恋の未練を物語ってくれていた。
「あんたね、なんでピッチャー諦めた子がこんなボールだこやマメのできた女子力の低い手になってんのよ」
華菜が穏やかな笑みを凄美恋に向けた。その表情を見て凄美恋が観念したように話し出した。
「……そうや、あんたの言う通りやで。うちかてほんとは投げたいねん。チームが勝つために投げたらアカンってわかってるけど、本当はボール投げるだけですっごい楽しい気分になるねん……。でも、うちには投手としての才能はないから、もうええねん……」
凄美恋が宙を見つめてフッと息を吐きだしてから続ける。
「まあけど、バッピとかさせてもらえるんやったら、そういう方面で投げられたら嬉しいかもしれへん」
凄美恋が諦めたように笑うけど、華菜は真面目な顔で少し怒ったように言い始めた。
「何度も言ってるけど、あんたには才能がはあるわ。でも、わたしのその言葉は凄美恋に届いていないようだからもうそういう優しい言葉をかけるのはやめるわ……」
そこまで言って、華菜は一旦テーブルに置いてあった水に口をつけて、一気に飲み干して立ち上がった。同席している凄美恋と千早が、グラウンドにいるときみたいな真剣な目をしている華菜を緊張感のある目で見上げていた。
そして華菜が凄美恋の目の前に人差し指を突きつけながら続ける。
「いい? とにかくまず明日の準々決勝はあんたが投げなさい。そして5回を2失点以内で抑えること! それができなければ、キャプテン命令として凄美恋にはピッチャーをやめてもらうわ。富瀬先生があんたに投げさせようとしても、わたしが絶対に立たせてあげないから! バッピだってさせないし、桜風学園野球部にいる間は練習の時も含めて二度とマウンドに立たせない」
「華菜ちゃん、それはさすがに言い過ぎじゃ……」
華菜の言葉を聞いて横から千早が慌てて入ってくる。だけど凄美恋は静かに頷いた。
「ええで、わかった。うちがピッチャー続けるかやめるか、ベスト4をかけた戦いで決めるのならちょうどええかもしれへんな」
「そうよ、県内ベスト4に勝ち上がらせる力があるのなら、少なくともうちのチームにとって必須戦力ということになる。あんただってそれは納得できるでしょ?」
華菜の言葉に凄美恋はゆっくりと頷いた。真剣な顔で頷いた後、ようやく凄美恋の表情が緩んだ。
「けど、そんな大事な決め事試合の前日に言わんとってや」
凄美恋は苦笑しながらパスタ代として1000円札を1枚置いて、静かに店から出て行った。
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