第249話 店内での喧嘩は厳禁です⑦
「で、なんでそう決めたのか、理由を教えてよ」
華菜が気を取り直して凄美恋に聞く。
「うちが投げたら負けるんやったら投げへん事がチームの為やろ? しかもバッティングは自分で言うのはあれやけど、うちの野球部の中では悪い方やないんやから、それならバッティングに専念した方がええやんって思っただけや」
たしかに凄美恋のバッティングはピッチングと同じく、好不調は激しく安定感には欠けるけど、女子の中では貴重な長打を打つことができるし、レベルはかなり高い。
例えば凄美恋の中学時代にいた強豪シニアの堺ガールズや、同じ県内の星空学園みたいな戦力の充実したチームで6番や7番くらいの自由に打つことができる打順にいれば、投手にとってはとても怖いタイプだ。
だから、堺ガールズ時代に野手に専念したのは正解だと思う。中学時代は世代最強投手の水瀬玖麗愛がいたし、きっと全国屈指の強豪女子シニアチームである堺ガールズなら控え投手でも一線級の人ばかりだったのだろうから、凄美恋が無理に投げなくても充分投手を回せただろうし。
「でも、それって戦力が充実していた堺ガールズだからこそできることじゃないの?」
凄美恋が何も言わずに俯いたのを見て、華菜は続けた。
「残念ながら桜風にそんな戦力はないわけで、なんなら9人ちょうどの超絶人手不足野球部なのよ? 凄美恋をマウンドに立たせないなんていう選択肢あるわけないじゃないの? あんたも立ちたいって思ってるんなら、何も考えずに立てばいいのよ?」
ここまで言っても、まだ凄美恋は納得しない様子でポツリと呟いた。
「うちの学校のエースが由里香じゃなかったら、うちも立てたかもしれんな」
「どういうことよ?」
「うちが打たれて負けたときに、由里香なら抑えられたってなるのが嫌やねん」
「そんなことになるわけないでしょ? 野球はチームでやるもんなんだから、負けた試合はピッチャーだけの責任じゃないからね? ……ていうか大会中に負けた時のこと考えないでよね、縁起でもない」
華菜が大げさに作り笑いを浮かべた。凄美恋が柄にもなく深刻な表情をしているから、空気が重たくなってしまっている。千早が横に居なかったから華菜も暗い表情になってしまいそうだった。
「負けた時のこと話し出したんは謝るけど、うちはもう納得してピッチャーはすっぱり諦めてんからもうそんな説得せんでもええんちゃう?」
「わたしだって、別にあんたが不本意だとしても、本当にすっぱり諦められてるならここまで必死には説得しないわよ。でもね、合宿中の投げ込みとか練習試合で少しずつマウンドに立つことに前向きなっている姿を見たら、納得してるようには見えないのよ。それに……」
華菜がおもむろに立ち上がり、身を乗り出すと凄美恋の右手首を持った。
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