第247話 店内での喧嘩は厳禁です⑤
凄美恋が何か言うまで華菜も黙っておこうと思っていた。一旦凄美恋の心を落ち着かせないと、凄美恋が悪い方向に物事を考えてしまいそうだから。華菜まで凄美恋の敵になってしまえば、いよいよチームの仲に取り返しのつかない亀裂が入ってしまいかねない。
のんびりと凄美恋が落ち着くのを待とうと思い、華菜がコーヒーに手を付ける。
「苦っ……」
由里香と同じように何も入れずに飲んでみたかったけど、想像以上に苦くて顔をしかめてしまった。そんな華菜の姿を見て、凄美恋は強張っていた表情をほんのり緩めて、小さく笑う。
「華菜にはまだ早いで。背伸びせずに砂糖いれや。どうせ無理したってうちらは由里香には追いつかれへんねんから」
後半は完全にコーヒーの話とは関係なくなってしまっていた。由里香が心を揺さぶったことが結果的に凄美恋の本音を聞きやすい環境にしてくれたのかもしれない。
凄美恋がテーブルの端に置いてあった角砂糖の入ったケースを華菜に渡した。
「ありがと」
コーヒーの中にいれた砂糖は真っ暗闇に入っていき、見えなくなってしまったけれど、きっと見えないところでしっかりと熱いコーヒーに溶けて、苦かったコーヒーを甘くしてくれているのだろう。
「うち、由里香に酷いこと言ってもうたよな……」
ほんの少し気持ちの落ち着いた凄美恋がポツリと呟いた。
凄美恋は口論の最中とはいえ、由里香の姉のことを言ってしまったことを悔いた。
由里香にとって姉の話は禁句なのによりによってその姉よりも劣っているという趣旨の話をしてしまうのは、危険にもほどがある。一歩間違ったら由里香が野球部をやめてしまいかねない言葉である。
まあ、その前に凄美恋のことを頭が悪いなんて言った由里香の方も大概酷いから、凄美恋の気持ちはわからないでもないので、華菜は優しく諭すように言う。
「そうね、あれはダメだと思うわ。わたしがせっかく由里香さんをマウンドに戻したのに、またやめちゃったらどうするつもりよ?」
華菜が苦笑する。さすがにこのタイミングで野球部をやめるような無責任な人ではないことは良く知っているから、そこに関してはそこまで深刻には考えていなかった。
とりあえず、凄美恋と由里香に亀裂が入ったまま戦い続けることが怖かったから、凄美恋が由里香との口論に関してそこまで根に持っていなさそうで助かったと思い、ホッと息を吐きだした。
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