第241話 アクシデント⑦

「湊の気持ちはわからないこともねえよ。エースとしてマウンドに立ちたいんだろ。でもな、肩は消耗品だ。チームのエース様の肩は大事に使わなきゃいけねえよ。お前が何と言おうとも、マウンドには立たせられない」


「そんなこと言って、わたしが投げなかった試合で負けることにでもなったら、納得できないです。それに中学時代9イニング制の中、男子相手に投げていたんですよ? それに比べたら7回までしか投げなくてもいい女子野球のルールなら大丈夫だと思いますけど?」


「お前が中学時代バンバン投げてたことは良く知ってる。あたし個人としてはスタミナ不足の今でも任せたら意地でも最後まで投げてくれるだけの精神力があることも良く知ってるよ。でも、だからこそだよ。高校ではお前の肩は大切に使ってやりたい」


「別にわたしの肩の調子なんて、わたしが一番よくわかってますから。まだ全然いっぱい投げられますから!」


由里香が言い切るのを見て、富瀬がため息をついた。そして、椅子から立ち上がり由里香に視線を近づける。


「自分の状態を完璧に把握できるようなら肩の故障なんていう概念は存在しねえよ。でも、多分今のお前に肩の心配をしても伝わらない部分はあるだろうから、もうこれ以上お前の肩の心配をするのはやめるよ。ただな、あたしはとにかく岡山県大会と、その後の中国地区大会を勝ち抜きたいんだよ」


「だったらなおのことわたしが投げた方がいいじゃないですか!」


「万全の湊ならそうかもしれねえけど――」


「わたしは万全です!」


「2試合連続で全力投球して、最後の方は結構疲れも見えてたし、湊には準々決勝では雲ヶ丘を信じて中継ぎ待機していてほしいんだよ」


「それでマウンドに立つのを拒んでいるような子を立たせて負けたりしたら意味ないじゃないですか!」


珍しく一歩も引かない由里香に富瀬が押されていた。だけど、口ぶりが自分がマウンドに立てないことことへの不満もあるけれど、それ以上に凄美恋に怒っているようにも感じられた。


そこがどうしても引っかかってしまい、華菜は黙って2人のやり取りを聞いていることができなくなった。


「あの、由里香さん……」


ムッとしている由里香に華菜が恐る恐る声をかける。

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