第242話 アクシデント⑧

「何よ?」


「由里香さんは凄美恋がもし自分から先発したいって言うようなことになれば明日の先発は凄美恋でも納得してくれますか……?」


「……納得はできないけど、その時は凄美恋に任せてわたしはリリーフの準備をするわ。そりゃ、当然先発で完投したいけど、そこは監督の指示だから諦める。不本意だけど」


かなり渋々ではあるけれど、一応それなら先発が凄美恋でも納得はしてくれるみたいだ。やっぱり由里香は自分が先発できないこと以上に凄美恋がマウンドを拒んでいることに気分を悪くしているみたい。


「要するに、由里香さんは凄美恋が無理に立っているのが気に食わないってことですよね?」


「いや、まあそれ以外にも私がマウンドにずっと立っていたいっていう意味もあるけど……」


「私としても正直後々のことを考えると由里香さん以外に凄美恋にも試合を作れるようになってほしいしです」


本音としては、それ以上に由里香の肩の負担が心配だからと付け加えたいけれど、きっと由里香は自分の心配をされるよりもチームの勝利の為だと伝えた方が納得してくれると思う。


華菜の言葉を聞いて、由里香は黙り込んでいた。


「由里香さん、少しだけ時間をくれませんか? 凄美恋に本音を聞きたいんです。マウンドになんで立ちたくないのか、これから練習終わりにちゃんと理由を聞こうと思います。それで凄美恋がどうしてもマウンドに立てなさそうでしたら、わたしも由里香さん先発が良いと思います。もちろん、最後に決めるのは富瀬先生になりますけど」


由里香が渋々頷いたのを見てから、華菜が意味あり気に富瀬の方を一瞥すると、富瀬がため息をつく。


「わかったよ、お前が説得に失敗したら明日の先発は湊にするよ」


今度は富瀬が“絶対にちゃんと説得しろよ”と目配せする。一応条件付きとはいえ、由里香に納得してもらえほんの少しだけホッとする。


とはいえ、凄美恋をマウンドに立たせるためのやる気の引き出し方なんて全く見当もつかない華菜は不安な面持ちで凄美恋のいるグラウンドへと向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る