第227話 孤独な練習①
「おい、雲ヶ丘。一人で何やってんだよ?」
富瀬が、グラウンドに一人残って熱心にピッチングネットに向かって投げ込みを続けていた凄美恋に声をかけた。
すでに完全下校時刻の19時は過ぎていて、他の野球部のメンバーも引き上げている。
忘れ物とかお手洗いとか、凄美恋は毎日理由をつけてはみんなよりも後に帰ることにして、一人でこっそりバレないように練習を続けていた。
「いや、うちは……」
投手の練習をしているところなんてバレたくなかった凄美恋は手に持っていたボールを慌てて背中の後ろに隠したが、ピッチングネットに溜まっている汚れた白球は練習をしていた動かぬ証拠になっていた。
「一応完全下校時間過ぎてるし、もう帰れよ。時間過ぎて活動していたせいで部活禁止にでもなったら嫌だろ?」
「もう片付けて帰るんでご心配なく!」
凄美恋が動揺しながらも元気に返答して、さっさとネットもボールも片付けてしまおうとしている姿を富瀬は静かに眺めていた。
「なあ、雲ヶ丘。もしかしてお前ピッチャーやりたくなったのか?」
「は、はぁ? うちがそんなピッチャーとかふざけたことするわけないやん!」
凄美恋が慌てて否定するが、慌て方が胡散臭すぎて、一瞬で嘘だとわかってしまう。
練習試合でもピッチャーの頭数が足りないからと無理やりマウンドに上げているうちに、もしかしたら本気で投手に興味が湧いて来たのではないだろうかと富瀬が勘ぐる。
「ちょっと待ってろ。キャッチャーミット持ってくるから」
「もう完全下校時間過ぎてるって言ったの監督やん! うちは投げる気ないんで、もう帰りますんで!」
「監督命令で投げろって言ってんだから、嫌でも従え」
「嫌や!」
「従わねえと次の試合控えにすんぞ?」
「いや、うちの部活9人しかいないんやし、うちベンチになったら試合できひんやん!」
「じゃあ有無を言わさずピッチャーで使う」
「なんでそうなんねん!」
「今投げたら大会ではお前には投げさせねえから、ちょっとだけ投げて見ろよ、な?」
「ほんまに試合では使えへんの? 嘘ちゃうやんな?」
凄美恋が訝しそうにジト目で富瀬の方を見る。不自然な間が空いてから富瀬が返答した。
「とりあえずミット持ってくるから待っとけ」
「え、ちょ、質問に答えてや!」
走って倉庫に向かった富瀬の背中に向かって凄美恋が声をかけたが、すでに富瀬の姿は小さくなっていた。
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