幕間5 『月刊野球少女』編集部にて ~夏大会総括と秋季大会展望編~①

「やっぱり圧巻でしたね、涼嵐大付属。どの試合も危なげなく勝って、今年も優勝しちゃったじゃないですか」


国内で唯一、アマチュア女子野球を取り扱っている雑誌である『月刊野球少女』の編集室で、新人記者の笹川愛生が先輩記者の黒井柚子に話しかけた。


「そうね、正直涼嵐大付属だけ明らかに異次元の強さだったわ。しかも3期連続優勝中だった最強チームに1年生が3人もレギュラーメンバーに加わったから、あと数年は史上最強チームを維持できそうなのよね」


春夏春と三期連続優勝中の完成されたチームに、普通は入学したての新1年生が割って入る余地はない。


それなのに、エースの水瀬玖麗愛、天才打者の小鳥遊たかなしうた、それに1年生からセカンドを守って夏春連覇に貢献していた九条風華の妹で、現在ショートを守っている名手九条炎華。3人とも1年生ながらすでに女子高校野球界トップレベルの実力を持っていた。


そして、3人とも今年の夏の2年連続での春夏連覇という前人未到の大偉業に貢献したのだった。


とにかく、今の涼嵐大付属は信じられないくらい強い。


「まあ、わたしも伊達に女子野球の記者やってないから、当然水瀬玖麗愛ちゃんと九条炎華ちゃんの存在は中学の時点から知っていたわ。でも、小鳥遊詩ちゃん、あの子は一体どこで見つけてきたのよ? わたしの情報網でも高校に入るまで全く知らなかったわよ」


黒井柚子も大学を出て高校教師として3年間働いた後は、10年近くこの業界で日々アマチュア女子野球界隈の情報をアップデートしながら必死にやってきたから、それなりの情報網は持っている。


けれど、この夏の大会のMVPと言っても過言ではないほどの大活躍をした小鳥遊詩のことは大会前までほとんど知らなかった。


「その子なんですけど、中学までは陸上やってたらしいんですよ」


黒井でもほとんど情報のわからない小鳥遊詩のことを、笹川は全く知らないと思っていた。なのに、すんなりと笹川の口から出てきた小鳥遊詩の情報に驚きつつも、黒井は冷静に返答する。


「らしいわね。わたしも大阪予選で詩ちゃんを見つけてから、慌てて調べたわ。詳しいことは知らないけど」


「100m走がメインだけど、他にも複数種目掛け持ちしていて、200m走、100mハードル、やり投げ、走り高跳び辺り、棒高跳びで全国レベルの結果を出してましたよ」


「なんだか運動神経の塊みたいな子ね……。あの子、あんな小柄で華奢なのに投擲種目でも結果出してるなんてすごいわね」


小鳥遊詩は身長154cmと女子高生の平均よりも小柄ながら、迷いのないフルスイングで、大会タイ記録の1大会3本塁打を達成した。走塁面でも、史上最多の1試合6盗塁を記録するなど、1番打者として大活躍したのだった。


「わたし、他社の陸上専門記者の人から、小鳥遊詩ちゃんの取材用の資料貰って来たんですよ。中学時代陸上部として大活躍してたからその界隈ではかなり情報が溢れてるみたいですよ。北海道出身とか、ホタテが好きとか、活躍の秘訣は『いっぱい食べていっぱい寝る』とか、いろいろな面白い情報仕入れてきました」


人差し指を口元に当ててクスリと微笑みながら、笹川は20ページほどに渡る『小鳥遊詩選手取材資料』と書かれた資料を渡してきた。


「えぇっ!? そんなにたくさんよく教えてくれたわね!?」


陸上と野球で分野は違うとはいえ、一応同じスポーツ専門雑誌という業界内のライバルから、どうやってこんな資料をもらってきたのだろうかと疑問に思っていると、先回りするみたいに笹川が答える。


「なんかこの間適当に入った居酒屋で学生陸上の話している人がいて、小鳥遊詩の話をしていたから、気になって声かけてみたら意気投合したんですよ。お酒のお金も出してくれたし、情報ももらえたしすっごく得しちゃいました」


あっけらかんと言った笹川に黒井は感心する。


「ほんと、あんたのコミュ力どうなってのよ……」


黒井の言葉に笹川は黙って笑いピースサインをした。

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