第220話 秘密の居残り練習⑥

「凄美恋ちゃん、別にど真ん中に投げなくても、どこに投げてくれても、ボール球もたくさん投げてくれていいからねー」


「いや、バッティング練習なんやからストライクゾーンに投げんとアカンやん」


呆れる凄美恋を見て、咲希がゆっくりと首を横に振った。


「わたしは今日はバット振らないからー」


「えぇ……、咲希あんたバット振らないって何の練習するつもりよ……」


そんなツッコミを真希にされつつも、咲希は本当にバットを振らずにじっと立っていた。凄美恋が20球程コースをバラつかせて投げたところで咲希がストップをかける。


「凄美恋ちゃーん。もーいいよー」


「あんた結局1球も振らずに打席でずっと見てるだけやったけどなんのつもりやったん?」


「ストライク7球、ボール13球ってところかな?」


「いや、うちにはわからんけど、あんたもしかしてストライクとボールを見極めるためだけに打席に立ってたん?」


「ごめんねー、すみれちゃんの大切な肩こんなことに使わせちゃってー。でも、わたしみたいな初心者がいきなりヒットを狙うよりもは四球でもなんでも進塁できる可能性を上げた方が良いと思うんだよねー。そのために目をならすための練習させてもらったんだー。すみれちゃんの球は速いから、ちょうどいいかなーって思って」


「あんた何も考えてへんようでいろいろ考えてるんやな。うちはそういうどんな形でもチームに貢献しようとする姿勢好きやで!」


そう言いながら、凄美恋の脳裏に中学時代のシニアチームにいた先輩の姿が思い浮かび、少しなつかしくなる。チームを強くするために、自分の練習よりも人の練習を優先していた優しい先輩の姿が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る