第208話 菱野姉妹③

「おお、小峰じゃねえか。ちょうど良かった。ちょっと話があんだよ」


外にある喫煙可能スペースで煙草を携帯灰皿に押し付けながら、富瀬が華菜を呼びつけた。


「こんなところで話さなくても、せっかく怜先輩が気を利かせて富瀬先生だけ1人部屋にしてくれてるんですから、そこに呼び出したらいいんじゃないですか?」


暑くて虫が飛んでいるような場所で立ち話をするのに抵抗があった。せめて虫よけスプレーでもしてくればよかったと少し後悔する。


「別に世間話なんだから、そんな大げさに部屋に呼び出したりしなくてもいいだろ」


「富瀬先生だって一応年頃の女の人なのに、虫とか平気なんですか?」


「一応ってなんだよ、一応って……。だいたい、虫が怖くて野球なんてできねえよ。お前まさか練習中にもそんなこと気にしてねえだろうな?」


「長袖と半袖じゃ気分も違いますし、練習中は集中してるからそんなに気にならないですよ……」


「じゃあ今も気にならないくらい話に集中したらいいだろ。この先試合中にどんなピンチになるかわからねえんだから、どんなときでも集中できるようにするための訓練にちょうど良いじゃねえか。こういう日常の場面でも野球に結び付けるのが全国に行くための秘訣だぞ」


富瀬はいたって真面目に言う。


「そんな無茶苦茶な……」


華菜の困惑を気にせず、富瀬が新しく煙草を取り出して、火をつけて吸いだす。


試合中に必要な精神力と真夏の外での立ち話との関係性に疑問を持ちながらも、これ以上言っても仕方がないので諦める。


「あ、小峰、お前喘息とかはねえよな?」


「珍しく気づかいしてくれるのはありがたいですけど、そういうことは火をつける前に言ってくださいよ……。別に喘息はないですし、肺は至って健康だからいいですけど……」


「そうか、なら遠慮なく吸うぞ」


「生徒の前なんですから、ちょっとは遠慮してくださいよ……」


突然呼び止められたから身構えたが、富瀬は至って平常運転なので気が抜けてしまう。

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