第198話 県予選決勝戦⑦
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5回表の星空学園の攻撃。2死2塁からミレーヌが2者連続四球を出した。4回の表に続いて2回連続の満塁のピンチである。
ここで、皐月女子がこの日2度目の守備のタイムを取っていた。
「ミレーヌ、落ち着いて行こう」
美江が声をかける。既に足元に水溜まりができてしまいそうなくらいミレーヌの顔からは汗が滴っていた。
ミレーヌは今大会準決勝までの4試合すべて1人で炎天下の元投げ続けてきた。142cmの小さな体は疲労で限界まで来ているのだろう。
「わかってるわよ。普通に抑えるからみんなはしっかりと守ってくれたらいいわ!」
苦しそうな顔でミレーヌが強がる。ここまでミレーヌは四球を6つも与えているが、決して悪い出来ではない。むしろきっちりとコントロールよく投げ込んでいる。
ただ、美江が一番恐れていた作戦を星空学園に取られてしまっているだけだ。
ここまで大会を通じてしっかり抑えてきたミレーヌは間違いなく星空学園打線にも通用すると美江は信じていた。彼女の苦労の末に編み出したタイミングを狂わせるスローボールは初見で攻略できるほどやわではない。
ミレーヌを想定した練習をしようにも、こんなにも巧みにスローボールを操れるのはきっと県内にもミレーヌ以外にいないだろうから、同じような球質の投手を用意することなんてできない。必然的に打席に立った時が初見になる。
普通のバッティングマシンにも、人間にも真似できない唯一無二の超スローボールは130km/mのストレートにも負けないと美江は考えている。
だが、ここまでの4完投で疲労は間違いなく溜まっていて、ミレーヌのコンディションはかなり悪い。美江が今日の試合で一番恐れていたのは、ファールで粘られてカウントを稼がれること。
ここまで星空学園は、アウトカウントを増やすことを恐れずに、とにかく際どい球はすべて見送るか、ファールにして、徹底的にミレーヌに球数を投げさせた。おかげで5回途中で無失点にも関わらず、すでに球数は100球を超えている。
絶対王者の星空学園に試合前半は自分たちの野球をさせなかっただけでもミレーヌは立派だけど、ここまで来たらとにかく勝利という最高の結果が欲しくなる。
「頼むよ、ミレーヌ」
美江の声にミレーヌは静かに頷いた。今はただミレーヌが一番ベストを尽くせる球を投げられるようにするしかない。
2死満塁の局面で打席に立つのは、今一番迎えたくない打者、凪原綺羅星。先ほど完璧に皐月女子打線を抑えて、すっかり調子をよくしている。
ここで打たれたら完全に流れは星空学園側に行ってしまうだろう。場合によっては大量失点にもつながる場面である。
美江のサインを見て、ミレーヌが必死に作り笑いを浮かべて頷いた。
「ウヒヒ、おいで、ミレーヌちゃん」
打席の綺羅星が不敵な笑みを浮かべて呟いた。
大丈夫、ミレーヌなら抑えられる。そう信じて美江がミレーヌに投げ込ませた初球だった。
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