第190話 試合が終わった日⑥

「なあ、華菜。冷静に考えてみいや。うちの球は由里香と比にならないくらいしょぼいのはさっき言ったとして、玖麗愛とも比にならないくらいしょぼかってんで?」


「あんたはね……さっきから一体誰と比べてんのよ? 水瀬さんも中学時点でプロに行けるなんて言われてた世代トップレベルの子なんでしょ? そんな怪物みたいな子と比べてどうすんのよ!」


華菜は怒るような剣幕で言ってはいるものの、凄美恋に対してかなり同情していた。


凄美恋本人にも十二分に素質があるのに、中学でも高校でも世代トップレベルの投手がいるような場所に身を置かれていたせいで、勝手に自信を喪失しマウンドに上がるのを怖がるなんて、そんなのもったいないにもほどがある。


「とにかく、凄美恋には絶対秋の大会でもマウンドに上がってもらうから!」


「絶対嫌や! ほんまにお願いやから、もううちをマウンドに立たせんといて!」


「ムリ! あんたになんて言われようとも絶対にマウンドに上がってもらうわ!」


「嫌や! どうしてもマウンドに上がらせるって言うんならうちはもう野球部退部する!」


「え? やめちゃうの?」


華菜が急速にトーンダウンして寂しそうな顔をするから、慌てて凄美恋が訂正する。


「あ、えっと、野球好きやからやめへんけど、もし投手やらせるって言うんならやめるくらいの覚悟はするっていうこと」


「そんなにピッチャーやりたくないの?……」


一瞬躊躇った後に、凄美恋が真面目な顔して大きく頷いたのを見て華菜はため息をついた。


「もったいないなぁ……」


「そんな目で見られても困るねんけど……あんたがなんか勝手に一人で興奮してうちのこと過大評価してるけど、うちは所詮防御率100点オーバーのピッチャーやねんから……。多分華菜も今日試合でいろいろ疲れて変なこと考えてるんやと思うわ。もう、今日は帰って早く寝たほうがええわ。明日朝起きて冷静に考えたらうちにピッチャーをやらせようとしたことが間違いやったことに気づくと思うから」


凄美恋がカバンを持っていそいそとベンチから立ち上がった。その立ち姿を見て華菜はポツリと呟いた。


「良い体してるのになぁ」


「変態みたいなこと言わんといてや!」


「一応一旦諦めるけど、気が変わったからいつでも言ってね!」


「絶対変わらんから!」


そう言って凄美恋は先に公園から外に出た。そしてふと立ち止まり、華菜の方に向き直した。


「野球はもちろんやめへんから、そこは安心して! じゃあ、また明日」


いそいそと告げて、逃げ去るようにして帰っていった凄美恋の姿を、華菜はまだ公園の中から見ていた。


「千早に作戦名つけてもらったら、“凄美恋ちゃん投手復帰大作戦”とかにするのかなぁ……」


華菜はそんなことを呟きながらゆっくりと立ち上がった。

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