第191話 旧第2校舎屋上にて

「やっぱり創部したてじゃなかなか厳しいね」


美乃梨が手元のスコアブックを捲りながら呟いた。皐月女子との試合で負けた後にも数試合練習試合をしたけど、結果は芳しくなかった。


試合中に付けていたスコアブックには先日の皐月女子との試合や、その他の練習試合の記録が残っていた。


「そうですわね、なかなか甘くはありませんわ。わたくし5連敗だなんて人生初めての屈辱ですわ」


怜が横で紅茶を片手に優雅に呟いた。屈辱という割には随分と呑気そうな表情の怜を見て美乃梨は苦笑しつつも、本気で慌てたり悔しがったりする怜の姿も想像できずこれはこれでいいのかと思った。


終業式が終わり、夏休みに入る日、美乃梨と怜は2人で旧第二校舎の屋上に暑い中集まって、夏の県予選とその後に行われた練習試合のスコアを確認していた。


【0-10× 皐月女子高校

 0-5   美翔館高校

 1-3   鷲羽山第二高校

 3-4   香月総合高校

 2-3×  椚山東高校】


「だんだん負け方も惜しくなっては来てるんだけどね」


初めの2試合は全く歯が立たない感じだったけどその後の3試合は相手もそんなに強くない学校とはいえ接戦だった。特に香月総合戦と椚山東戦は終盤まで桜風学園リードの展開だった。


「1-0も100-0も負け試合には変わりありませんわ」


怜がそう言ってから一気に紅茶を飲み干した。カップを離した時には突き刺すような鋭い視線が覗いていた。


「ところでれーちゃん、富瀬監督って何者なの?」


美乃梨ができるだけ何も知らない風を装って尋ねる。もっとも怜にはそんな演技をしたってお見通しなのだろうけど。


「あら、美乃梨さん。面白いことを聞きますわね?」


怜が口元に手を当てて笑った。怜には美乃梨の中にある程度答えがあることは分かっているだろうし、聞き方を変えた。とある古いネットニュースの記事を見せながら、もう一度確認する。


「こういうこと?」


「あら、さすが美乃梨さんですわね」


美乃梨も伊達に野球を見続けてはいない。当時はまだ女子野球専門紙というものはなく、女子高校野球の全国大会が大々的に取り上げられることはなかった。


それでも女子野球人気のきっかけを作ることになった投手のことは美乃梨もしっかりと覚えていた。


「さて、わたくしはそろそろ行きますわね」


「どこに?」


「ちょっと富瀬さんのところに」


「ふうん」


去っていく怜を見守った後、美乃梨は先程怜に見せたネットニュースが乗っている画面に再び目を落とした。


『星空学園快挙! 創部1年目での初出場初優勝 エース湊唯、決勝でもノーヒットピッチングの偉業達成!』


「なるほどね」と美乃梨が呟いた。


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