第188話 試合が終わった日④

「うちが中学のときにも若狭美江のとこ相手に炎上したって聞いたやろ?」


「ああ、うん。球場で若狭さんと菜畑さんに会った時に、打たれて泣いてたって」


「泣いてた部分はええねん! そこはあんたの記憶から今直ぐに抹消して!」


凄美恋が思いっきり華菜の肩を両手で掴んで揺らしてくるので、華菜が「わかった、わかった」と軽く流した。


「まあ、それはおいといてやな、中学1年生の試合のとき本当はうちが投げる予定やなかってん」


「そうなの?」


「せやねん。本当は水瀬みなせ玖麗愛くれあっていううちのチームのエースの子が投げるはずやってんけど、大会前にまあ……とにかくいろいろあって、急遽当時2番手やったうちが投げることになってん」


大会前に何があったのかは、凄美恋が触れてほしくなさそうだったので、そこは気にせず、水瀬玖麗愛という名前のことだけを気にすることにした。その名前は女子野球界に疎かった華菜でも知っていた。


「水瀬玖麗愛って……」


「知ってるん?」


華菜が大きく頷くと、凄美恋が目を輝かせた。


「水瀬玖麗愛さんならさすがのわたしでも知ってるわ。今年涼嵐りょうらん大付属に入学するときにそれなりに騒がれてたもの」


中学時点で最速127km/hと男子にも引けを取らない球速と多彩な変化球を操る完成度はすぐにでもプロになれると騒がれていて、これまでの女子高校野球の最速133km/hも更新するのではないかと話題になっていた。


さらに、彼女の入学した涼嵐大付属は全国トップの強豪校。昨年は春夏連覇も達成して、すでに最強高と名高いのに、そんなのが入ったら大変だな、と春先当時は半分他人事のように考えていた。


「あんた水瀬玖麗愛さんと一緒にやってたのね」


「せやで! 玖麗愛はうちの自慢の親友やねん!」


「てことは、結構な強豪シニアチームにいたのね」


「一応全国レベルではあった感じやな」


少し照れ臭そうに凄美恋が髪の毛を触りながら答えた。


「けどまあ、うちが2番手任されるようなレベルやったから、投手力は玖麗愛以外はあんまり高くないねんけどな」


「あれ? ねえ、待って。整理させて」


「え、どないしたん?」


華菜が予想以上に話に食いついたから、凄美恋が首を傾げた。

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