第186話 試合が終わった日②
「とりあえず、これあげるから元気出しなさいよ」
華菜が凄美恋に公園の前にある自動販売機で買ったコーラの缶ジュースを渡すと、凄美恋が俯いたまま小さな声で「ありがと」と言って受け取った。
いつも野球部のみんなといるときは賑やかな凄美恋が今日はしおらしくて、本物の清楚なお嬢様のようになっていた。それはそれで可愛らしかったけど、なんだか違和感があるから、はやく元気な凄美恋に戻って欲しい。
「やから、マウンドに上がりたくないってあんなに言ったのに……」
凄美恋が膝の上に置いた缶コーラの方を見ながら、ポツリと話し出した。
「別にあんたの投げてる球自体は悪くなかったんだから、そんなに落ち込むこと……」
実際凄美恋の投げている球は絶望的なくらいにストライクゾーンに入らなかっただけで、球威はあったし、そこまで悪くなかった。
とはいえ、さすがに7失点して1回投げ切れなかったら落ち込むだろうなと思い、慰めることをやめた。これは多分、試合でマウンドに立ったことの無い華菜が安易に触れて良いことではないのだろうと思う。
「せっかく由里香が3失点に抑えてくれたのにうちのせいで台無しやもん……」
「あんたは急遽の登板でよく頑張ったでしょ。5回までしか持たなかったのは多分由里香さん自身も誤算だったと思うし、少なくとも由里香さんはあんたに感謝してると思うわよ」
「そうなんやろか……」
「多分あんたじゃなくて由里香さんが投げても打たれてたと思うし」
「そうなんかなぁ……」
凄美恋が納得いかないように大きくため息をついて、ベンチの背もたれの部分に頭を置いて空を見上げていた。
「それにあんたの球はさっきも言ってたけど、かなり成長の見込みがあると思うわ。ボール球ばっかりだったけど、ストレートはどれも110km/h近い球速が出てたし、正直かなり驚いてる」
今の時代の女子高校野球では120km/hが速球派の一つの目安になっている。そんな中でほとんどぶっつけ本番で110km/hの速さを出した凄美恋の身体能力は間違いなく高いのだろう。
「けど、由里香の球はもっと速かったし、うちよりもずっといい球投げとったで?」
「当たり前じゃないの! あんたね、由里香さんと比べるなんておこがましいにもほどがあるわ!」
突然華菜が大きな声を出したので、凄美恋は「ひゃっ」と驚いた声を出してから姿勢を正した。手から離れた未開封の缶コーラがベンチの上をコロコロと転がっていた。
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