第3部 ステップアップ 

第1章 力の差

第185話 試合が終わった日①

試合が終わった日の夜、華菜はなは一人バッティングセンターにいた。野球人生で初めて最終回まで試合をさせてもらえず負けてしまったショックは小さくない。


由里香がいれば大丈夫だと思っていたけど、野球は1人の絶対的な選手だけで勝てるほど甘くはないことを痛感させられた。多分まっすぐ家に帰ったら、一人自室で塞いでしまうから、無心でバットを振ってから帰ることにしたのだ。


この場所には、まだ野球部が9人揃っていなかったころから、千早を連れて、何度も通ったことがあるけど、日ごろから利用者は少なく、今日も客は華菜だけだった。シンとしていて、華菜の打球音だけが綺麗な音を鳴らしている。


しばらく飛んでくるボールを打ち続けていると、次第に気分は落ち着いてくる。悔しい気持ちはお腹の底にしっかりと残ってはいるけど、秋に向けて一秒でも早く気持ちを切り替えてレベルアップをしなければならない。


華菜がそろそろ帰ろうかと思った頃に、珍しく華菜以外の客が入ってきたので視線を向けると、よく知っている人物の姿がそこにはあった。


凄美恋すみれ……」


バッティングセンター内に入って来た凄美恋も華菜に気付いたようで、気まずそうに硬直したままじっと華菜の方を見ていた。2,3秒ほど無言で見つめあった後、凄美恋がクルリと華菜に背中を向けて逃げ出した。


「ちょっと!」


バッティングセンターの外に出て、逃げだした凄美恋を仕方がないから華菜は追う。


「なんで試合終わりに走らないといけないのよ!」


華菜の嘆きが夕暮れの空に響いた。


暫く追いかけていると、先に凄美恋がばてた。追いついた華菜は、後ろから凄美恋の腰に手を回して、これ以上逃げられないように体をくっつける。


「なんで逃げるのよ」


「そっちこそ、なんで追ってくんねん!」


「あんたちょっとメンタル弱ってそうだったし、いきなり逃げたら心配になるじゃないの!」


「あんな醜態晒してんから、ほっといてほしいねんけど!」


2人とも呼吸がまだ落ち着かず、言葉の端々に大きな呼吸音が混じっていた。


「でも、まあとりあえず、大きな声で言い合う元気があるみたいで良かったわ」


華菜がフッと笑った。試合が終わってからの凄美恋は、予選の1回戦で負けた創部3ヶ月の弱小校の野球部員とは思えないくらいマウンド上で大泣きして動けなくなっていた。その様子を見て、華菜は内心心配していたのだった。


凄美恋が大きなため息をついてから観念したように話し出した。


「どうせ話するんやったらこんな道のど真ん中やなくて、もっと目立たんとこにしてくれへん? こんなとこで抱き着かれたまま話されたら恥ずかしいねんけど」


「それもそうね……」


捕まえてからずっと、後ろから凄美恋のことを抱きしめるような形で密着したままだった。とりあえず2人で近くの公園へと向かう。

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