第171話 投げたくない②

しかし、そのときライトから雄叫びに近い、気合の入った声が聞こえてくる。


その声に乗せて、ライトを守っていた凄美恋が勢いのある球をホームへと送球した。際どいプレーにはなったが、ホームの判定はアウト。


桜子のタッチの方が、ランナーがホームへ戻るよりもほんの少しだけ速く、なんとか4失点目は防ぐことができた。


3点ビハインドと4点ビハインドでは追いかける辛さはかなり変わってくる。満塁ホームランで逆転できる点差に留めておけたのは不幸中の幸いだ。凄美恋の好返球はチームにとってかなり大きいものとなったと思う。


「うちの肩の強さなめたらアカンで!」


凄美恋が笑顔を弾けさせながらベンチへと戻ってくる。そんな凄美恋の肩を華菜がグラブでポンと叩く。


「凄美恋、あんた意外とやるじゃない!」


「ふふん、うち肩はめっちゃええねん!」


「凄美恋、ありがとね。私のコントロールミスを最小限に抑えてくれて……」


横からほんの少し申し訳なさそうに、由里香が戻ってくる。


「何言ってんねん! バックとしてうちの大事なエース様をお守りするのは当たり前やって! な、華菜!」


「あんたも調子いいわね……。でもそうですよ。由里香さん、わたしたちなんとしてでも守り抜くんで思い切り打たせてしまって大丈夫ですよ!」


「頼もしいわね」


そう言って由里香は華菜の頭をポンポンと触ってからベンチの端の方へと向かって行った。


そんなことを話していると、凄美恋の元に富瀬がやってきた。


「雲ヶ丘、肩作っとけ」


「へ? 監督、今のってうちに言ったん?」


予期せぬ話に、凄美恋が間抜けな声を出した。


「お前以外にうちのチームに雲ヶ丘はいねえだろ」


何言ってんだと言わんばかりの呆れた口調の富瀬の言葉をようやく理解したのか、凄美恋の顔が次第に曇っていった。

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