第170話 投げたくない①
「で、富瀬さんはなんと仰ってましたの?」
「敬遠するのかしら?」
怜が華菜に聞き、その後に由里香が少し不服そうな声調子で尋ねてくる。やっぱり由里香の性格上できれば敬遠はしたくないのだろう。
だとすれば、そういう性格的な面も含めて富瀬の指示は正解になるのかもしれない。(もちろん正解か不正解は投げてみるまで分からないけど。)
「大丈夫ですよ、敬遠じゃないです。せっかく打者が立ってるんだから打者に投げろって言ってましたよ。勝負せずに点取られるくらいならホームランで点取られて来いって」
「随分と投げやりな指示ですわね……」
富瀬の指示に怜が呆れている。けれど由里香はどこか吹っ切れたような笑みを浮かべていた。
「ふふっ、わかりやすくて良いわね」
その間も止めどなく汗が流れ続けているから、間違いなく苦しくはあるのだろけど、そんな由里香の気持ちがきっと富瀬の指示のおかげで少しだけ楽になったに違いない。
「さ、もう1点もやらないわよ! 打たせていくからみんな頼んだわよ!」
由里香の声でみんながそれぞれ元の守備位置に戻っていった。とりあえず由里香の勝負への覚悟が決まったのならば、あとはどんな球が来てもしっかりアウトを取るのみである。
勝負を選んだ由里香が投じたのは、やはり今日主体にしているストレートであった。
すでにスタミナの限界が来ている由里香が全力で投げた。反動で帽子が地面に落ちるほど、思い切り力を込めて投げた一球だ。
「あ、ヤバ」
だが、その渾身の一球は無情にもちょうどいい高さのアウトコースに投じられてしまった。思わず華菜が口の中で、外に漏れないくらいの小さな声で呟いてしまうくらいの絶好球。
まるで、美江に追加点を取ってくれと言わんばかりの球になってしまった。
当然美江がそんな打ちごろの球を見逃すはずがなかった。右打者の美江が綺麗にライト方向に流し、鋭い当たりが凄美恋の前に勢いよく転がっていく。
三塁ランナーがまずホームに返ってきて3点目を取られてしまう。さらに2アウトだったこともあり、投球がバットに当たった瞬間にスタートを切っていた2塁ランナーもすでに3塁を蹴り、ホームに向かって走っている。
華菜はさらにもう1点失うことを覚悟した。
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