第169話 スタミナ不足④

監督の富瀬が1試合の間に3回取ることのできるタイムのうち、今日2度目のタイムを取った。ベンチに近い3塁を守っていた華菜が、初回と同様富瀬の元へ行って指示を聞きに行く。


「なあ小峰、ここはさすがに敬遠の指示を出さないといけねえかな?」


「いや、わたしに尋ねられても困りますけど……。まあ、普通に考えたら多分そうですね」


さすがに1点ビハインドでランナーが2,3塁にいる場面で若狭美江を迎えるとなると、華菜も敬遠が最善手のように思えてしまう。


「ただ、あたしは申告敬遠なんてするつもりねえから、それだけ湊に伝えろ」


「……え?敬遠しないんですか?」


「せっかくマウンドに戻って来たのに逃げてどうすんだよ」


正直華菜は納得しかねた。


由里香のマウンド復帰戦というのはもちろん大事だが、それでマウンドにいるエースの感情を優先して試合を落としたら本末転倒である。せっかく由里香とともに戦える試合なのだから、絶対に負けたくない。


「でも、やっぱりここは……」


「小峰、お前やっぱり冷静さ欠いてんだろ? ちゃんと冷静に試合展開全体を見ろ」


富瀬の意図がわからず首を傾げている華菜の背中を押してマウンドへ向かうように促しながら一言だけ付け加える。


無安打ノーヒットで点取られるくらいなら、思い切りホームランでも打たれりゃいいんだよ。目の前でせっかく相手打者が打席に立ってんだからちゃんと打者に球投げねえと意味ねえだろ」


マウンドに向かいながら富瀬の言葉の意味を考え、なるほどと華菜は納得した。


この回はここまですでに四球で2人ランナーを出している。これだけ制球が定まっていないのに美江を歩かせてしまえば満塁になり、四球を出すとノーヒットで失点してしまうことになる。富瀬はきっとそれだけは避けたかったのだろう。


一応華菜なりに富瀬のアドバイスを解釈しながらマウンドに集まるみんなの輪に加わった。


富瀬の作戦が正しいのか正しくないのかは実際に球を投げてみないと分からないが、間違っているとは言い切れない作戦だとは思った。

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