第162話 才能無しのドール少女⑭

ミレーヌはキャッチャーが変わると、先ほどの回までとは別人のようによく打たれた。先頭打者にホームランを打たれたのを皮切りに、連続で長打を浴びてあっさり2-4と逆転を許してしまい、降板する。


今まで見た事ないくらい血の気の引いた顔をしたミレーヌはベンチに戻ってきて、1番端っこで感情を失ったみたいにして声も出さずに座っていた。その姿は飾られたフランス人形のようにも見えた。


結局6回の4失点を最後まで返すことはできなかった。試合後、1年生の時とはうって変わって、チームメイトたちはミレーヌのことを優しく慰めていた。


「よく頑張ったね」とか「良いピッチングだったよ」とか優しい言葉がミレーヌに向けられる。それでもミレーヌは一向に元気になる気配が見えない。


チームメイトから冷たくされていてもとくに気にする様子の無かったミレーヌがこんなに落ち込んでいる姿を美江は初めて見た。


試合後練習場に戻った後ミーティングが終わってもいつものように一番最後まで練習をしていたミレーヌを待って、美江は一緒に帰ることにした。ミレーヌはまだ落ち込んでいた。


いつものおてんばさは鳴りを潜めてお淑やかなミレーヌに、美江の方から話しかけた。


「別に気にしなくてもいいのに」


「美江の最後の大会だったのに……」


ミレーヌの声は鼻声になってしまっていた。


「別に全国なんて何度も行ったから気にしなくてもいいのに」


本音を言えばミレーヌと組んで全国に行ければ、それはいつもよりもさらに格別なものになるから、例年以上に全国に行きたかったという思いがあったことは黙っておいた。


「わたしが大量失点したせいで……」


「いや、ミレーヌは悪くない」


「ありがとう、美江はやっぱり優しいわね」


今までさんざんミレーヌに冷たい態度を取って来たのに優しいと言われて美江は少し困った。


それに、気を遣ってミレーヌが悪くないと言ったように思われたみたいだが、別に美江は気を遣ったわけではなかった。あくまでもいつも通り真実を告げただけだ。


2番手で出て来た捕手の子は他の投手にサインを出す時と変わらずに甘いところにもバンバン構えていたし、まったく相手の打者の待っているボールについて警戒することがなかった。


他の投手なら別にそれでいい。多少甘くても美観ガールズにいるレベルの投手なら速さと球威で押し切れるし、こんなテンポよく長打は打たれないだろう。


だけどミレーヌはそれが致命傷になってしまう。


ミレーヌをリードするときには細心の注意を払わなければならなかったのに、それができなかったのだ。


だが、もっとも悪いのはミレーヌのことをまともにリードできる捕手がチーム内に自分しかいないことに、今更気が付いた自分だと美江は思う。


ミレーヌは美江と組まなければ、平均値どころか、野球未経験者より少し上手いくらいのレベルの投手になってしまうことをもっと早くから気づいておくべきだった。


美江は落ち込むミレーヌの頭をそっと撫でた。普段はふわふわしている髪の毛が汗でベッタリと濡れていた。

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