第158話 才能無しのドール少女⑩
「ねえ、ちょっと話があるんだけど」
美江はひっそりとミレーヌのことを呼び出した。
「何? もしかしてボールを取ってくれるの?」
「早まらないで。まだそんなつもりはないから」
「なあんだ」
ミレーヌが明らかにガッカリしていた。
「ねえ、あなたはなんでこんなにも野球にこだわるの? きっとあなたならもっと真面目に志したら大成しそうな分野が沢山あると思うけど」
「なんでって……好きだから以外に答えがあるのかしら?」
ミレーヌが飛び切り可愛らしい純粋な笑顔で答えた。同性の美江でも思わずドキリとしてしまうような眩しい笑顔を向ける。きっとこの笑顔を男の人に向けたら、どんなイケメンでも一発で落とせてしまうだろう。やっぱり今からでも甘酸っぱい青春を勧めたくなってしまうが、その気持ちはぐっとこらえた。
「やめるつもりもこのチームを抜けるつもりもないんだね?」
「ええ、もちろん」
「わかった。じゃあわたしから一つだけあなた……いえ、ミレーヌにお願いがある」
「何かしら!」
美江ははじめてミレーヌのことを名前で呼んだ。それに気づいたのか、ミレーヌはいつも以上に目を輝かせた。
「ミレーヌに遅い球を投げてほしいんだ。2つ課題を設定するから、それが達成出来たらわたしはあなたの球を受け止める。約束する」
「わかったわ。どんな課題だってこなしてみせるわ!」
「1つ目は今直球を投げているとフォームと全く同じフォームで直球よりも10km/h以上遅いチェンジアップを投げられるようになって欲しい。まったく同じフォームから投げられる速度差のある球は武器になる。それがこんなに遅い球だとあなたが投げた球は重力に引っ張られて、かなり落差のある独特な変化をしてくれると思う。そうなると試合で使えるから」
「わかったわ! で、もう1個は何?」
「50km/hを下回るカーブを投げて欲しい。そんなに遅い変化球が重力に引っ張られたらきっと恐ろしい変化量になると思う。普通努力すればするほど筋肉がついて、球は速くなってしまう。だけどミレーヌは今まで誰よりも必死に努力してるのに、そうはなってくれなかった。だけど逆に、どれだけ頑張ってもアスリートの身体にならないあなたにしかできない技だから、この2つを極めてくれたら、強豪チームでも戦力として期待できる。わたしはミレーヌとこのチームでバッテリーを組むことができる」
「わかったわ。任せて! わたし、やってみせるわ!」
こうしてミレーヌのスローボールを極める日々が始まった。その日以来しばらくミレーヌは美江に話しかけることはなくなった。黙々と課題に向けて努力していった。
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