第159話 才能無しのドール少女⑪
ミレーヌに課題を課してから半年近くが経った。
美江は中学3年生、ミレーヌは中学2年生に進級する春休みだった。その日は練習も休みで、久しぶりにゆっくり起きられると、美江は完全にオフモードに入っていた。そんな日の朝6時過ぎに突然スマホが鳴りだした。
「え、何ごと?」
予期せぬ音に思わず美江は飛び起きた。ディスプレイには“菜畑ミレーヌ”の名があった。まだ眠たい声で美江は通話ボタンを押した。
「こんな時間に何?」
「できたわ!」
「はい?」
半年も前に課した課題である。もちろん忘れてはいないが、疲れた朝の回らない頭では咄嗟には何のことか思いつかなかった。
「球速差10km/h以上のストレートと、50km/hに満たない超スローカーブが投げられるようになったわ!」
スマホ越しなのに、ありありと表情が思い浮かぶくらい喜びに満ちた声だった。画面から花びらでも舞って来そうな、そんな錯覚にとらわれる。
ミレーヌからの報告を聞いて、美江は少しの間黙って考えていた。ミレーヌも美江の言葉をせかさなかったので、互いに数十秒もの間無言となっていた後、ようやく美江が口を開く。
「わかった。今から練習場近くの第5公園に来れる?」
美江とミレーヌの家のちょうど中間あたりにある公園を指定した。お互いに朝から自転車で20分近く漕がないといけない場所になってしまうが、それでもミレーヌは嬉しそうに二つ返事をした。
先に公園で待っていた美江の元へやってきたミレーヌは全く身だしなみに気を使っていないボサボサの髪型でやって来た。
「なんでこんな早朝に?」
「昨日の練習中に何かビビビって電気みたいなのがきて、それからずっと家に帰ってからも庭で防球ネットに向かって投げ込みしてたらいつの間にかこんな時間になっちゃったわ」
大げさに肩をすくめる姿は、舞台女優のようだった。海外の少女主人公の成長物語からそのまま飛び出してきたような目の前の少女からは爽やかな汗の臭いがしていた。
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