第157話 才能無しのドール少女⑨

ミレーヌはその日以来しばらく練習に来なかった。


あの練習量だけは誰にも負けないミレーヌが1ヶ月も練習に来なかったのだからいよいよ本当にチームを抜けるつもりなのかもしれない。


美江は心配しつつも、これでミレーヌが野球をやめて彼女の長所を生かした幸せを掴んでくれるのなら、それが一番良いのだろうと思った。


だが、ミレーヌはまた1ヶ月程経った後、何事もなかったかのように練習に戻って来た。


「ねえ、美江。わたし頑張って筋肉つけたの! 見て!」


ミレーヌが上腕筋を見せてくるので言われるがまま確認する。だけど筋肉なんてどこにもついていない。少なくとも、肉眼ではほとんどわからない。


「そしてこれが腹筋よ!」


練習着を捲ってお腹を見せてくるけど、筋肉はどこ? といいたくなるくらい、可愛らしくほんのりくびれたお腹がそこにはあるだけだった。


「あと、驚かないでね。なんと1か月間頑張って秘密の特訓をした結果、最高球速は78km/hにまで上がったわ!」


美江は思わず頭を抱えてしまった。きっとミレーヌのことだから、本当に誰にも負けないくらいの努力はしたのだろう。それなのに、結果はまったくついてきていない。


78km/hの棒球。バッティングセンターの一番遅い球よりもさらに遅いミレーヌのストレート。


もう美江は何も言わなかった。ミレーヌはきっといくら厳しい言葉を放ってこのチームからやめさせようとしても、絶対に戻ってくる。もうこちらからは何も言わず、何を言われても無視して、本人に自ら納得させよう。美江はそう決めた。


「ねえ、美江! わたしついに79km/h出るようになったわ!」


「ねえ、美江! わたしついに80km/h出るようになったわ!」


隔月くらいのペースで球速アップの報告をしてくる。努力がほんの少しずつ身についてきてはいる。でもそのペースでは遅すぎるし、きっとまたもう少ししたら彼女の身体で投げられる球速の限界がやってくる。


硬球がソフトボールのような大きさに錯覚してしまうような小さな手でどこまでの球速が出せるというのだろうか。もういい加減、彼女は自分の長所を生かす方向に舵を取ってほしい。


これだけ真面目に努力できるならスポーツ以外なら、何をやっても大成するだろうに、どうしてミレーヌの持っているたくさんの長所を自覚しないのだろうか。


(野球という短所のジャンルを必死に伸ばすんじゃなくて、もっと長所に目を向けてよ!) 


美江は心の中で思いっきり叫んだ。そしてその時にふとアイデアが浮かんだ。


「そうだ、短所を伸ばさせればいいのか」

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