第152話 才能無しのドール少女④

「ミレーヌちゃん、もういいよー」


3年生たちが半笑いでミレーヌを止めていた。みんなチームメイトのことは下の名前を呼び捨てで呼ぶのだが、ミレーヌに対してはそのお人形みたいな容姿のせいなのか、それとも同じチームで野球をしていくメンバーとして認識されていなかったのかはわからないが“ちゃん”付けで呼ばれていた。美江に至ってはまだミレーヌという名前を呼んだことも無かった。


こんなところで頑張っても監督が見ていないのに損するだけなのに、と美江は黙って走り続けるミレーヌを冷めた目で見る。初めのうちは面白がっていた先輩たちもそれから1時間程経ってもまだ走っているミレーヌに苛立ってきているのはわかった。


明らかにこの時間が無駄であることはミレーヌ以外のみんなが思っていたことだろう。


「ミレーヌちゃん、そろそろ空気読んでよ」


少し苛立ったように言い放った先輩。その声も聞こえているのかどうかわからないミレーヌは、すでに走っているのか歩いているのかわからないようなペースになっていた。


「わたしたち先帰るからね」


暫くするとチームメイトたちはさすがにもうこれ以上は待てないからと、ミレーヌを残して帰っていく。


「美江も帰ろ」


3年生の先輩に呼びかけられて美江も着いて行く。誰もいなくなったのに、ミレーヌはまだ1人歩くような速さで走り続けていた。


「すいません、わたしちょっとこっちに用があって」


「そうなんだ、お疲れー」


帰り道、美江は嘘をついて先輩たちと途中で別れた。


野球において持久力をつけるための練習として、長距離走は軽視していいものではない。しかし、こんなに長時間走るほど大事なものでもない。


少なくとも、歩くような速さで走るくらいならば、他の練習をした方が効果をあげられるだろう。


それなのに、美江が運動公園に戻ってきたときも、ミレーヌはまだ1500mトラックを苦しそうな顔をして走っていた。その横を美江はジョギングよりももっと軽いペースで並走する。


美江が並走してから5周程してようやくミレーヌは走るのをやめ、そのまま仰向けに大の字で倒れてしまった。


息は荒れて必死に酸素を取り入れようと大きく息をしている。しばらくはまともに動けなさそうだ。可愛い顔が台無しになるくらい豪快に鼻水と涎を垂らして真っ赤な顔のまま苦しそうにしていた。


美江はなんだかあまりじろじろみるのも失礼な気がして、どこか遠くの方を見ながら、ミレーヌの呼吸が整うのを待った。

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