第149話 膠着状態②

☆☆☆☆☆


「やっぱり初ヒットは小峰さんか」


皐月女子の捕手若狭美江が呟いた。同じ相手に同じ球を続けるのは悪手かもしれないが、どのみち他の球種でも小峰華菜には打たれていたであろうと美江は割り切った。


むしろ単打で済んだのだからこれでいい。華菜のバットコントロールで狙い通りの球を投げてしまっていたら、きっと外野の頭を超える長打になっていただろうから、これが最善の策なのだ。


美江は切り替えて次の3番雲ヶ丘凄美恋との勝負に集中する。


今日の第一打席で凄美恋は明らかに審判の判定に対して不信感を持っていた。おそらくストライクゾーンの基準についてかなり疑いの目をもっている。きっと余程はっきりとわかるボール球以外は全て振ってくるだろう。


それならばこの打席、ストライクゾーンはいらない。美江はボールゾーンにミットを構えた。


そして美江の予想は当たる。


ボールゾーンだけで2つ空振りを取り、簡単に2ストライクに追い込む。3球目は顔の高さにくるような高めの吊り玉を凄美恋が振り、空振り三振に取れた。


これで2アウト1塁。


次打者の4番湊由里香の野球センスは万全ならば全国トップレベルだろう。だが、第1打席を見た感じ、今の由里香には相当の期間のブランクがあるように思えた。それならばミレーヌの投球術でも充分に打ち取れる。


初球、低めのストレートをバットに当てられたが、打球はショートの真正面。無事にミレーヌと美江のバッテリーは3アウトを取ることができた。


4回表が終わり、依然として両チーム無失点の展開が続いていた。


「ミレーヌ、ナイスピッチング」


ベンチに駆け足で戻りながら、美江はミレーヌに声をかける。


「初参加の学校なんだから、抑えて当然でしょ!」


ミレーヌはそう言い切った。多分ミレーヌの中では本当に単なる初参加のチームとしてしか認識していないのだろう。せいぜい湊唯の妹の湊由里香くらいしか警戒はしてなさそうである。


もっとも美江にとってもその方が都合が良い。ミレーヌに小峰華菜や雲ヶ丘凄美恋の情報を必要以上に与えて、委縮してしまうことは避けたかった。


ミレーヌは自信満々でのびのびと投げる方が絶対に良いのだから。まあ、ミレーヌが強打者に委縮する姿なんて想像できないが。


「この回絶対に援護点とるから」


ポツリと美江が呟いた言葉はミレーヌの耳にも届いていた。


「期待してるわ」


また飛び切りの笑顔を美江に向けた。ミレーヌの純粋な少女のような笑顔を見ると、美江は何が何でも期待に応えてあげたい気分になる。


あの日交わした、今度こそ2人で一緒に全国に行くという約束を果すために星空学園には進学せず、ミレーヌと一緒に皐月女子へ進学する道を選んだのだから、今日は何がなんでも勝たなければならない。

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