第147話 由里香の背中④
タイムが終わり、1
由里香がロジンバッグを触り、若狭美江と対峙する。その間、ほんの一瞬だけ、由里香が華菜の方をチラリと見て「たのむわ」と口パクで伝えられたようにも見えた。華菜の頭の中には昨日の公園でのやりとりが浮かぶ。
『困ったらサードに打たせるつもりだから、そこのところはよろしく頼むわね』
多分早速その時が来たのだろう。強打者の美江に思った通りの場所に打たせることは至難の業ではあるとは思うが、由里香がそうするつもりなら華菜としては信じて気を引き締めて守るのみ。
多分美江がサード方向に思い切り引っ張る球は恐ろしく鋭い打球だろうから、しっかりと身構えた。
ピンチでも由里香は冷静にコーナーをついてカウントを作っていく。2ボール2ストライクと追い込んだ後の5球目だった。美江が鋭く3塁線に引っ張るような打球を飛ばす。
由里香は完璧に作戦通りの打球を打たせた。こうなると華菜としては絶対に3塁線を抜かせるわけにはいかない。
見えないくらいの速い打球だったが、あらかじめ由里香の狙いを汲み取って3塁ベース付近を守っていた華菜がライナーになった打球に飛び込むと、見事にグラブの中に収まった。これでまず2アウト。
そしてその打球の鋭さと過去の美江の打席から間違いなく外野に抜けると判断したのだろう、2塁ランナーが飛び出してしまっていた。華菜は体勢が整わないまま、必死に2塁へと送球する。
ボールは少し逸れてしまったが、小柄な真希が必死に体を伸ばして、ほとんど寝転がるような体勢で腕を伸ばして捕球する。
2塁ランナーが戻るよりも先にボールが渡り、ダブルプレーが成立する。初回の大ピンチをなんとか無失点で切り抜けた。
「由里香さん! やりましたね!!」
華菜が思わずマウンドからベンチに戻る由里香に後ろから抱き着いた。
「そんなアウト取っただけでイチイチ抱き着かなくていいわよ」
そう言って由里香が恥ずかしそうに華菜を体から引き離す。
「それに、華菜や真希がよく頑張ってくれたからダブルプレーになったんでしょ?」
由里香が涼しそうに言いきった。美江に計算通りの球を打たせることは至難の業だったろうに、それを微塵も表情には出さなかった。
いずれにしても初回の大ピンチを無失点で切り抜けられたことは桜風学園にとってかなり大きい。
「よし、今度はうちの反撃の番ですよ! 絶対に由里香さんのために、先制点取りましょう!」
華菜がベンチで元気な声を出した。
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