第145話 由里香の背中②

明らかに桜風学園にとって嫌な流れが来ていることを察知したのか、監督の富瀬が今日1度目の守備のタイムを取る。


試合中に合計3回しか守備のタイムは取れないから、ここで取るのは早いかもしれないが、初めての試合でいきなり迎えた大ピンチだし悪い判断ではない。


桜風学園は部員が9人しかいないので、富瀬の指示を聞くためにベンチに近いサードを守っている華菜が三塁側ベンチの富瀬の元へと向かう。


「なあ小峰、湊は勝負したいと思うか?」


ベンチに向かうと開口一番富瀬から聞かれた。


「いや、どうなんでしょうね……」


1アウト2,3塁という1塁の空いている状況ならば、世代上位の実力を持つ若狭美江は敬遠したいところではあるが、由里香がどう考えているのかはわからない。


それに、そもそも華菜は采配に口出しできる立場にはない。あくまでも決定するのは監督である。


「そうか。じゃあ小峰、お前直接マウンドで湊に聞け」


「はい?……」


「湊が躊躇なく勝負するって言ったらお前こっち向いて笑顔で手を振れ。それでほんの少しでも迷いがありそうだったら何もするな。敬遠すんぞ」


「えぇ……」


華菜は困惑の表情を露にした。由里香の意志を尊重するのは良いとしてもマウンド上から笑顔で手を振るのは恥ずかしい。


「あの、それ、手振る以外じゃだめですかね?……」


「ダメだ。ちゃんとわかりやすく表現してくれねえとわかんねえだろうが。申告敬遠は監督の指示でしかできねえんだから、こっちに伝わるようなポーズじゃないと意味ねえじゃねえか」


「いや、でも恥ずかし――」


「ほら、早く行けよ。こんなとこでタイムの時間無駄にできねえぞ! さっさと伝えてこい!」


そう言われて富瀬に背中を押し出されて、無理やりベンチからマウンドへと向かわされた。

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