第140話 息ピッタリのバッテリー③

男子メインのシニアチームにいた華菜とは直接の面識はない美江だったが、その噂は同じ岡山県で野球をする女子として、かねがね耳にしていた。


それほど強くない男子メインのシニアチームを初の地区大会決勝へと導いたのは、大会を通して23打数17安打という凄まじい成績を残した中学2年の小峰華菜だった。


どこの高校に進学したのかまったく噂の入ってきていなかった華菜のことが、美江は気になっていた。真っ先に確認したのは星空学園の部員リストだったが、そこに華菜の名は無かった。それからも機会があれば調べてはいたのだが、名前を見つけることはできなかった。


一体全体小峰華菜がどこで何をしているのか不明なまま迎えた大会で、初戦の対戦相手である、無名の新規参加の高校、桜風学園にその名前があったときには美江はかなり驚いた。それも、野球をやめたと聞いていた湊由里香の名前まであったのだから。


当初は2回戦以降のことも考えながら、極力ミレーヌの疲労が蓄積しないように、力を抜いて投げさせる予定にしていたが、予定は変わった。今日はおそらく楽な試合にはならない。すくなくとも小峰華菜、雲ヶ丘凄美恋すみれ、湊由里香の3人には細心の注意を払って投げていかなければならない。


それにしても、すぐ目の前で禍々しいくらいのオーラを放つ小峰華菜と比べて、うちのエース投手の菜畑ミレーヌはどれだけ威厳がないのだろうか、と美江は思わず笑ってしまいそうになる。


マウンドに立つ身長142cmの小さなミレーヌは18.44mの距離を隔てて見ると、より小さく見えた。天然のブロンドのウェーブした髪と大きな瞳とそれに付随している長い睫毛はまるでドール人形がそのままマウンドに立っているかのように見える。


ミレーヌが実戦で使える球種は80キロにも満たないストレート、そのストレートよりもさらに遅いチェンジアップ、そして超スローカーブの3球種。一応スライダー(遅すぎるので厳密にはスロースライダーと呼んだ方が良いかもしれない)も投げられるが、フォームに癖が出てしまっているからそれは実戦で使えるものとは考えないようにしている。


おそらく女子の中でもワーストレベルで遅くて軽い球しか投げられないミレーヌの球は、どの球も慎重に投げないと、コースを少し間違えると痛打され、致命傷を負いかねない球になる。


だが、逆に上手くリードすると、これ以上ないくらい気持ちよく相手がタイミングを狂わせてくれるのだ。


これほどまでに捕手の技量が試される、リードしていて楽しい投手にこれまで美江は出会ったことがなかった。ミレーヌは、捕手のリードのレベルをそのまま映し出す鏡のようなものである。


(たとえ相手が巧打者小峰華菜だとしても、ミレーヌの努力は報われるはず……)


美江は強打者小峰華菜に対する初球のリードに思考を巡らせていた。とりあえず、1球目は超スローカーブのサインを出す。巧打者小峰華菜にもミレーヌの球は通用するということを証明したい。


この遅い球をあれだけ苦労して投げられるようになったのだから、ミレーヌの努力は今度こそ報われなければならない。美江はそう思っている。

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