第2章 VS皐月女子高校

第134話 球場は広く、世間は狭い①

「ねえ、華菜はなちゃん、野球場ってこんなに広いんだね!」


試合当日球場入りすると、華菜の横で千早が目を見開いて驚いていた。今日試合で使う球場は、県内の野球場の中では比較的狭い球場ではあるのだが、元々スポーツにまったく力を入れていない桜風学園の小さなグラウンドと比べれば、ずっと大きかった。


華菜も幼少期に初めて球場に足を運んだ時には千早と同じような感想を抱いたし、本当はほほえましい気持ちで千早の言葉を聞いてあげたかった。


だけど、試合当日のその発言にはさすがに穏やかな気持ちでは聞いていられなかった。


「千早ってもしかして野球場に来るの初めてなの……?」


「うん!」


千早はいつものように無邪気に答えているが華菜の心に不安が押し寄せてくる。千早を連れて一度でも試合観戦でもなんでもいいから球場のだいたいの大きさくらいは把握させておくべきだったと今更ながら後悔する。


もっとも、部員を1から集めて最低限試合ができるレベルまでの練習に時間を使っていたので、球場に野球を観に行く時間なんて無かったと言ってしまえばそれまでなのだが。


野球場を初めて生で見たのは千早だけにしても、プレーヤーとして球場内に立つのが初めてなのは怜と真希と咲希もだろう。もしかするとかなりマズいのかもしれない。


そんなことを考えていると、凄美恋すみれが話しかけてきた。


「なあ、ちょっとお花摘みについてきて来てくれへん?」


相変わらずお上品なパッツン髪の少女と、癖の強い関西弁とのギャップに華菜は一瞬戸惑う。それに加えてトイレに行くことをお花摘みという意外な上品さにさらに混乱する。


「凄美恋の口からお花摘みって聞くのなんか違和感あるわね」


「これでも一応桜風学園の生徒としてちょっとずつお上品な言葉を習得していこうと頑張ってんねんからな!」


「それは良いけど、凄美恋が一人でトイレに行けないってなんか意外ね。どっちかというと、そういう女子たちに『あんたら何つるんでんねん!』みたいな感じで怒りそうなイメージなのに、意外と可愛いところあるのね」


華菜は凄美恋の関西弁を真似てみたが、なんだかアクセントのおかしな関西弁になっていた。


「いや、トイレには……。あ、お花摘みには普段はもちろん一人で行くねんけどな、うち、極度の方向音痴やねん……」


「そうなの?」


「せやねん。多分一人で行ったら戻ってきたころには3回裏くらいになってると思うわ」


「そんなことになったら人数足りなくて棄権負けになっちゃからそもそも3回裏まで試合ができないけどね」


華菜と凄美恋がそんな雑談をしながら球場内のトイレを目指して歩いていると、前方からやってくる人影を見て、凄美恋が「あ」と小さなため息まじりの声を漏らした。

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