第123話 もう1時間もない③

抽選が終わった帰り道も、富瀬の愛車である車高の低い軽自動車の助手席に乗って学校へと戻る。ドアを開けた瞬間に漂ってくる煙草と芳香剤の混ざった強い匂いに思わず顔をしかめてしまう。


「先生ってやっぱり学生時代不良少女だったんですか?」


「あぁ? どういうことだよ」


「いえ、なんでもないです……」


怜とはまた別の意味で睨まれたら怖い。シンプルに手を出してきそうなタイプだ。


大会前に富瀬の体罰で顧問が不在になっても困るので、話題を無難なものに切り替える。


「皐月女子ってなんか可愛らしい名前の学校ですけど、どうなんですかね?」


華菜がくじを引いた結果、初戦である1回戦の相手は皐月女子高校という学校だったのだが、どのような学校なのかよく知らない。


「去年は2つ勝って準々決勝で負けてる学校だな」


「弱くはないって感じですかね?」


「どうなんだろうな。ただ若狭わかさ美江みえがいる学校ではあるが」


「若狭美江? ……って誰なんですか?」


「お前、岡山県で野球やってんのに若狭を知らねえのかよ?」


富瀬が呆れたような口調で答えた。


「はい……。有名な人なんですか?」


「お前なあ、一応県内No.1キャッチャーって言われてる奴なんだから存在くらい知っとけよ」


「ええ! そんなに凄い人なんですか? じゃあ私結構外れくじ引いちゃいました?」


華菜は目を見開いた。星空学園も岡山文学館もいないブロックを引いたから自分のくじ運を褒めてあげようかと思っていたのに、そんな有名選手がいたとは……。華菜は少し落ち込んでしまう。


「逆に、若狭美江を擁してもようやくベスト8に入れるレベルの学校だ。若狭以外の他のメンバーは普通の学校と変わらねえよ。それに皐月女子戦を乗り越えたら決勝まで星空学園とも岡山文学館とも当たらないんだから、そこそこくじ運はいいんじゃねえか?」


若狭美江頼みの皐月女子は、由里香頼みの桜風学園とどこか被るところがあるのかもしれない、と華菜は思う。

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