第124話 もう1時間もない④

「で、その県内No.1キャッチャーって言われてる若狭さんってどんな選手なんですか?」


華菜が、先程富瀬が言っていた言葉を反復するみたいな言い回しで尋ねる。


「強肩強打のキャッチャーだ。昨夏準々決勝で負けた時も1年生ながら3試合で14打点。盗塁阻止率に関しては入学してから1年間で公式戦通算8割を超えている」


「めちゃくちゃですね」


華菜は素直な感想を述べた。1試合平均約5打点ということは、チームのほぼすべての打点が若狭美江のあげたものなのではないだろうか。おまけに盗塁阻止率8割越えなら、対戦するときは盗塁という作戦は使えないと考えた方が良い。


「ああ、若狭は本当にめちゃくちゃだ。ただ、皐月女子の投手陣はかなりひでえから付け入る隙があるならそこだろうな。去年は準々決勝で20失点してコールド負け。今年の春も初戦が星空学園だったとはいえ15失点でコールド負けだ」


「若狭さんはリード面が弱点ってことですかね?」


「いや、それ以前の問題だ。そもそも構えたところにまったくボールがいかねえんだから」


「じゃあ投手陣は楽勝ってことですか?」


「まあただ、どんなピッチャーが眠ってるかわかんねえけどな」


富瀬が先程までの軽い調子から一転させて、ドスの効いた声で華菜に忠告した。富瀬が声を潜めると、それなりに迫力がある。明らかに何かを危惧しているようであった。


「どういうことですか?」


「考えてもみろ。若狭美江くらい一流の捕手なら星空学園含め全国の強豪校からどんどん声がかかるだろうよ。それなのに、なぜか県内でベスト8まで行けたら御の字の皐月女子高校に進学したんだ。何か理由があるとは思わねえか?」


「言われてみれば……」


由里香のように野球から離れるためというわけでもなさそうだし、県内ナンバー1キャッチャーならもっと有名な高校を進学先に選ぶものなのではないだろうか。


予想外に鋭い視点を持っていた富瀬のことを、華菜は少し見直しつつあった。


「まああくまでも仮定の話だし、さっきも言ったように今年の春は星空学園に大敗してるわけだし、あたしの考え過ぎかもしれねえけどな」


そう言ってすっかり元の調子に戻った富瀬が赤信号の間に煙草を取り出そうとしたので、華菜が慌てて止める。


「運転中に煙草は絶対にダメですからね!」


せっかく鋭い推察に富瀬への評価が上がりつつあったのに、台無しである。華菜はため息をついた。


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