幕間4 『月刊野球少女』編集部にて~夏の岡山県予選直前編~①

もう少しすると全国で夏の全国高校女子野球選手権大会に向けた予選が開幕する。この時期にはアマチュア女子野球専門紙『月刊野球少女』の記者である黒井柚子ゆずもいつも以上に忙しくなる。


「今日も社内泊かしらね」


すでに日付の変わった時計を見ながら黒井は苦笑する。この時期はどうしても仕事量が増えてしまい、帰りも遅くなってしまう。


黒井は前職で教師をやっていた頃はそれなりに恋愛をしたりもしていたが、好きだった野球に携わる仕事を始めてからは、ぱったりと恋人を作らなくなっていた。


今は忙しすぎて恋愛どころではないので友人には”野球が恋人”と自称するようにはしている。まあ、事実四六時中野球のことしか考えていないのだから、野球が恋人というのは強ち間違いではないけど。


女子野球の人気が出て来たとは言え、野球専門紙そのものの売り上げが下がってきている昨今ではアマチュア女子野球専門雑誌の売れ行きが好調なわけもない。薄給激務、好きでなければ絶対にやりたくない仕事である。


まあ、それでも野球が好きだからこの仕事は続けてしまうのだけど。


「最後に連盟のサイトだけ見てから仮眠とろうかしら」


ビタミン補給用のサプリメントを乱雑に口に放り込み、中国地区の5県の女子野球の公式サイトを順番に閲覧していく。


すると、岡山県女子高校野球連盟の新着情報のお知らせに“加盟校追加のお知らせ”が記入されているのが目についた。


「こんな大会間近に加盟校追加?」


すでに他の学校は練習も大会前の最終調整に入っている段階だというのに、随分と呑気な学校もあるものである。珍しいなと思い名前を確認してみると、黒井のマウスを持つ手が固まった。


「桜風学園……」


当然その名を忘れるわけはない。


2年続けて黒井の注目していた女子選手が進学してしまったあの学校。野球を突然やめてしまった天才投手湊由里香に続いて、同じように県内の男子シニアチームで活躍していた小峰華菜まで進学してしまった、野球部のなかった学校。


「華菜ちゃん良かったわね」


桜風学園に湊由里香をマウンドに立たせるために進学した小峰華菜の目的は達成されたのだと思うと、取材を通じてそれなりに懇意にしていた黒井も思わず安堵してしまう。


「でも、桜風学園は面白い存在になるかもしれないわね」


部員の名前を眺めていると、2人のほかに雲ヶ丘凄美恋すみれの名前があるのも見つけた。なぜか苗字が変わっているけど、凄美恋という唯一無二の名前だから、きっとあの田中凄美恋と同一人物ということで間違いないだろう。


彼女も中学2年生の頃に大阪の強豪女子シニアチーム、堺ガールズのレギュラーメンバーとして全国優勝を経験している実力者のはず。


湊由里香、雲ヶ丘凄美恋、小峰華菜、強豪校から声のかかってもおかしくない子たちも混ざっているし、ひょっとするとダークホースになるかもしれないと期待してしまう。


引き続き画面をスクロールしていると、顧問の名前が目に付いた。


「待って、この顧問の名前!」


「黒井さーん、まだやってるんですかぁ?」


黒井が顧問の名前に気を取られていると、後輩記者の笹川愛生あきがやってきた。

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