幕間4 『月刊野球少女』編集部にて~夏の岡山県予選直前編~②

「あんたまだ帰ってなかったの? 早く帰れって言ったじゃない」


笹川愛生あきは黒井の直属の後輩であり新入社員である。今年入社したばかりだし、日付が超えるような時間まで会社に残らせても可哀想だから早く帰るようにいつも言っているのに、まったく定時で帰ろうとしない。


笹川は明るい茶色にウェーブがかった髪で、メイクも派手な子だ。こんな男っ気のないところでオシャレをしても仕方がないのに、といつも思ってしまう。


「まだ知らない事だらけだから、いろいろと勉強しときたいんですよ」


そう言いいながら、笹川は黒井の付けていたパソコン画面を覗き見する。


「桜風学園? 岡山県にそんな学校ありましたっけ?」


「今年から野球部のできた学校よ」


「ふーん。よくわかんないですけど凄い学校なんですか?」


「まさか。ただの創部数日の学校よ」


「でも、わざわざ黒井さんが確認するほどの学校じゃないですか?」


「別に、私は新しくできた学校だから見てただけよ。1つ勝てたら御の字の普通の学校」


「なあんだ」


笹川が興味を無くしたような表情をしたからひっそりと黒井は小さな声で付け足した。


「もっとも湊由里香の活躍次第ではひょっとするかもしれないけど」


その声は笹川には聞こえていなかったのか、そのまま話題を変えられる。


「優勝は今年も星空学園ですかね?」


「そりゃそうよ。岡山は今年も星空学園で間違いない」


「出場確実ってことですか?」


「さすがに確実とまでは言えないけど、99%くらいの確率で星空学園だと思うわ。さすがに現状の戦力差を考えたらどこも太刀打ちできないと思う。あそこだけレベルが違うもの。ベンチに入れなかった子でも他のチームなら余裕でレギュラーになれると思うわ。それに、今年は綺羅星ちゃんも加入して、10年前のあの湊唯をエースに据えて全国優勝した時以来の充実度だと思うし」


「綺羅星ちゃん? ……って誰ですか?」


「あんたねえ……女子野球記者やってるのに凪原なぎはら綺羅星きらぼしちゃんのこと知らないのはマズいわよ」


「そんなに凄い子なんですか?」


「中学時代は兵庫県史上最高の女子投手と謳われていた子よ。進学先は岡山だけど、同じ星空学園出身の湊唯の再来って言われているわ。まだ高1だけど、多分岡山県内で一番速い球を投げると思う」


ふうん、と笹川は聞いているのかいないのかよくわからないような返事をする。


「じゃあ結局星空学園一強なんですか? どっか星空学園に対抗できるところはないんですかね」


「強いて名前を挙げるなら岡山文学館かしら。今は星空学園の次点的な立ち位置でやってるけど、星空学園台頭前までは県内で一番だったわけだし。それに今年は瓦谷かわらたに美海香みみかが入学してきて羽根田はねだ胡桃くるみもマウンドに帰って来たから、もしかしたら名バッテリー復活で化学反応起こしてどんでん返しもあるかも? って感じね」


女子高校野球の話題だと黒井はやはり饒舌になってしまう。気づけば、ほとんどまくし立てるように話していた。


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