第110話 桜子の苦悩⑤

怜が本棚から取り出したのは、広辞苑みたいな分厚さになっている、女子野球に関する資料だった。


女子野球の歴史、名選手の紹介、過去の大会の結果、他校の女子野球部の部誌や運営方法、練習方法についてのアドバイス等様々な女子野球に関する情報がまとめられたものが、そこにはあった。


「これだけあれば、桜子さん以外の生徒会の先輩方や、新しいことに反対する先生方の説得をするには十分ですわね」


怜が桜子に笑顔を向ける。その笑顔は今までの不敵なものではなく、聖母のような優しい微笑みだった。


「桜子さんが毎日学校に残って、夜遅くまで資料をまとめてくれていましたのよね? きっと伝統を重んじるうちの学校では、新規の部活動を希望する人が現れても、これまでは難癖をつけて反対され続けてきたのでしょう。だけど今回の野球部設立については、桜子さんが水面下で、新規の部活動を認めない人たちのことを説得してくれてましたのよね?」


桜子は何も答えずにただ俯いていた。


「きっと、あなたが今までにないくらい精力的に生徒会長として、周囲の人たちから信頼を集めたから説得できたのだと思いますわ。真面目で先生方や先輩方からの信頼の厚い桜子さんが、こんな分厚い資料を持ってきて説明を始めたら、長年の伝統にだってついつい融通を利かせたくなりますものね」


野球部に反対する先生方や、他の生徒会の面々を説得していたこともバレていたのかと、桜子は困惑する。


桜風学園で、新規の部活動が難癖をつけられて承認されてこなかった歴史については桜子も知っていた。


だから、由里香が一緒に桜風学園に入学してきた際には、自分が生徒会長になって全面的に野球部を支持してあげなければならないという覚悟もしていた。


由里香がまた、前を向いてマウンドに立ちたくなった時に、立つ場所を用意してあげられるように。


もちろんそれは簡単な道ではなかった。入学時から秋の生徒会選挙に向けて、常に、学年トップの成績を維持し、学内では品行方正に努め、先輩方からも高い評価を得られるように、気を配ってきた。


そして、晴れて生徒会長に就任してからも、他の副会長や書記に味方になってもらえるように、毎日夜遅くまで、周囲が引くくらい、必死になってやってきたのだ。


桜子は少し沈黙したのち、悩んでから話し出した。

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