第107話 桜子の苦悩②
「私に野球部に入れと言いに来たのですか? でも私は野球部に入るつもりなんてないですよ?」
「差し出がましいかもしれませんが、自分の欲望には忠実に生きたほうが良いですわよ? 強がっていたらあなたの大切な湊さんは、華菜さんにどんどん心惹かれていきますけど、よろしいですの?」
「はい? 何をおっしゃっているのか意味がわかりませんが」
桜子は怜がまったく見当違いのことを言ったかのように、意図がまったく伝わっていないかのように、振舞った。
だけど、心の中では、銛で心臓を突かれたかのように、怜の言葉はしっかりと刺さっている。まるで人の心を読んでいるかのような怜が怖かった。
「中学時代、ソフトボールの大会で、キャプテンとして、正捕手として、県大会準優勝。一体何が桜子さんの心に火をつけて、そこまで熱意を持ってやり遂げましたの? わたくしには、そこに同じ中学校でご実家が近くて、特別な親友である湊さんの存在がまったくないとは考えづらいと思いましたの。もしかしたら桜子さんが必死にソフトボール部で頑張るその先には、湊さんがいたのではないか、そう思いましたの」
怜の言葉を聞いて桜子は大きなため息をついた。
「あなたの詮索力があれば、私の中学時代の部活動の成績、由里香と家が近いことくらいは簡単にわかるとは思います。ですが、どうして私と由里香が特別な親友と決めつけるんですか? 私と由里香は学校ではほとんど話すらしてないと思いますが」
どうせ取り繕っても怜に隠すことなんてできないだろうと、半ば観念しながら桜子は聞いてみる。
「桜子さん、あなたいつからそのような面白いことを聞くようになりましたの?」
「はい?」
怜が口元を隠して楽しそうに笑うが、桜子には怜がどうしてそんな風に笑うのか、よくわからなかった。
「あまりにも滑稽な質問だと思いますわ」
「何がですか?」
「桜子さんは湊さんのことについて話す時、明らかに感情のこもり方が変わっていましてよ。鈍感な華菜さんにすら湊さんとあなたが知り合いの可能性があると勘付かれかけているのに、わたくしが気が付かないわけがないではありませんか」
あまりにもストレートに言われて桜子は恥ずかしくて顔が赤くなる。自分の中では感情は極力表に出さないようにしているつもりだったのに。
「うふふ、今も顔が赤くなっていますわよ? クールなふりをなされていますけど、桜子さんは案外感情が表に出てしまう方ですのね。見ていてとても楽しいですわ」
桜子が隠していたことをズバズバと言い当ててくる怜のことがさらに怖くなる。やはり、心が読めるとしか思えないくらい的確な指摘をしてくる。
「まあ、冗談はこの辺にしておきますわ。わたくし今日は桜子さんをからかうためにわざわざ来たというわけではありませんので」
怜が一転して真面目な表情になった。
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