第106話 桜子の苦悩①

『今日の放課後シロクマ公園で会えない?』


生徒会室でいつも通り放課後1人作業をしていた桜子のもとに、由里香からメッセージが入っていた。


シロクマ公園とは、色が剥げて真っ白なクマのようになってしまっている、大きなパンダのオブジェが置いてある公園である。正式名称はもっとお堅い名前なのだが、由里香と桜子が小学生の頃に2人で面白がって『あのパンダ、シロクマにしか見えないからシロクマ公園だね!』と命名してから、2人の中ではそう呼んでいる。


シロクマ公園に由里香が呼び出すということは彼女の中で野球に対する何らかの答えが出たということなんだろう。由里香は小学生の頃から、何か大事なことを決めるとシロクマ公園で打ち明けてくるのだ。


子どもの頃は、打ち明けられた話も、お楽しみ会の劇の主役に立候補する、とか担任の先生に卒業式の日サプライズで贈り物をしよう、とか軽い物だった。


大きくなるにつれて、内容はより彼女の人生において重要なものへと変わっていった。前回呼び出された時は、野球をやめて桜風学園に入学しようと思う、という話を打ち明けられた。


今日もきっと彼女の中で重大な何かが決まったのだろう。そして、それはきっと桜子にとって望ましくない話であるに違いない。


モヤモヤとした感情が桜子の心に流れ込んでくる。


『OK』


桜子は、サングラスをしたウサギのキャラクターが『OK』と書いたボードを持っているスタンプをメッセージで返信した。


その直後、生徒会室にノックの音が響く。


「どうぞ」


「失礼致しますわ」


聞き覚えのあるその口調は理事長の娘、春原怜のものだった。


「またあなたですか」


桜子は不快そうな顔をして、突然やってきた来訪者を見つめた。


ただでさえ、由里香から不審なメッセージが送られてきたというのに、これ以上面倒ごとは増やさないで欲しい、と桜子は思った。


「悩める生徒が生徒会室までやって来たというのに、つれない答えですわね」


「あなたを悩ませてしまうような大問題が私に解決できるとは思えませんが」


「あら」


怜は口元を隠して笑う。


「まあ冗談はさておき、桜子さんの気持ちにお変わりないか確かめに来ましたの」


「お変わりないとは? 私は春原さんに何か頼み事をされた覚えはありませんが」


「あら、あなたいつからそんな察しが悪くなりまして?」


桜子は大きなため息をついた。当然、怜の言いたいことはわかる。


前回生徒会室にやって来た時に華菜にキャッチャーをさせるといい、その次の日に早速華菜にキャッチャーの練習をさせていた。


そしてついさっき送られてきた由里香からのメッセージ。これらをすべてつなぎ合わせるとどうなるか、桜子はしっかりと理解している。


このままでは由里香の球は華菜が受けることになるのだろう。

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