第108話 桜子の苦悩③

「桜子さんは、一体全体どうしたいのか、わたくしとても気になってますの」


「どうしたい、とはどういうことですか?」


「野球部としてマウンドに立つ湊さんの姿を見たいのですか? それとも見たくないのですか?」


怜が鋭い目つきで桜子のことを見た。


「私に由里香の人生を決める権利はないと思いますので、由里香が立ちたいと思えば、立てばいいですし、立ちたくないと思えば立たなければいいと思います」


怜がため息をつき、桜子の方へと一歩ずつゆっくりと歩いて行く。そして、普段よりも声の高さをワントーン下げて、興醒めだと言わんばかりに桜子に冷たく言う。


「わたくし、別に万人が納得する生徒会長様のありがたく素晴らしい、理想的な模範解答を聞きたいわけではありませんの。あなたの心底のお考えをお伺いしたいのですわ」


先日生徒会室にやってきたときと同じように、怜は桜子の座っている席のすぐ目の前で、姿勢よく立った。威圧的に桜子のことを見下ろしてくる視線に緊張感を持ってしまう。


「そんなこと、あなたにお伝えする筋合いはないと思いますけど?」


桜子は緊張していることを悟られないように、いたって冷静に、毅然とした態度で怜に伝えた。果たして怜に感情が悟られていないかは怪しいところではあるが。


「つれない方ですわね」


そう言うと、怜は桜子の方を見るのをやめて、そのまま窓の外を見た。桜子の背中側にある窓の外からは、華菜たち野球部員たちの元気な声が聞こえてくる。


「では1つ、わたくしの勝手な仮説をお話してもよろしいでしょうか?」


「ダメと言っても勝手に話していくのですよね?」


「ようやく察しが良くなってきましたわね」


怜が微笑んだ。


「おそらく桜子さんは今、複雑な感情を抱いていると思いますの。湊さんにマウンドに立ってほしいという感情と、華菜さんのいる野球部に入ってほしくないという感情と」


「勝手に決めつけられても困りますし、そもそもどうしてそこで小峰華菜が出てくるんですか?」


「あくまでもわたくしの仮説ですから、イチイチ噛みつかれましても困りますわ。ただ、あなたが必要以上に野球部に噛みついたのが不思議でしたの。桜子さんの今までの仕事ぶりからして、特定の活動や団体に対して敵対視するということが考えられませんでしたわ。生徒会長として、基準に則って、公平に仕事をしていくご立派な方でしたので。なので、わたくし初めは桜子さんが野球に対して何か嫌な思い出でもあるのかと思いましたの。なのに、わたくしが部活動申請用紙を華菜さんに渡して持って行かせたらあっさり受理されなさったので、驚きましたのよ?」


「それは、初めに小峰華菜が1人で来た時にはまだ部員が2人だって言ってたから承認できなかっただけです。あくまで5人いなければ部の承認はできないというルールに従っただけです」


「それ以前に部活動申請用紙をお渡ししなかったとも聞きましたわ。規則通りの対応をするなら、部活動申請用紙を渡したうえで部員を集めてもう一度来てもらう、というのが筋だと思いますの」


「それは……」


「話は変わりますが、桜子さんは毎日とても遅くまで生徒会の活動を頑張ってらっしゃると思いますの」


桜子が言い淀むのを気にせず、怜がマイペースに話を進めていく。どうして突然怜が褒めてきたのかわからず、桜子は困惑した。

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