第103話 湊姉妹③

しんみりとした空気を破るみたいに、由里香が無理やりしっかりとした声を作り、華菜に話しかける。


「ねえ、華菜」


華菜も顔を上げた。


「私の中で野球から離れた生活がどれだけ寂しいものだったかわかるかしら? 自分から離れてみてわかったのよ。自分がどれだけ幼少期から野球と一緒に生きてきたか」


「なんとなくなら、わかります」


華菜も女子野球ブームの初期段階から野球を始めていた人間として、由里香の言っていることはよくわかる。


由里香が野球をやめたショックでしばらく野球から離れていた時期と、桜風学園に行くための勉強だけの日々を過ごして、改めて自分がどれだけ野球と共に育ってきたのかということを実感した。


「私の中で必死に野球の無い生活に適応しようとしてたのよ。それなのに2年に進級した時、うちのクラスにあなたがやってきたのよ。何よあれ。まずあなたが野球の強豪校に進学すると思ってたから私の目の前に現れた幻覚か何かだと思っちゃったわ。目の前にいるのは私の知ってる小峰華菜で間違いないのになんか口調とか態度とか全然違うし、ちょっと怒ってるっぽかったし。あなたあんなキャラだっけってびっくりしたわよ」


由里香が少しからかうように、楽しむように微笑む。


「でも久しぶりに訪ねて行ったのに知らないっていうのはひどくないですか?」


華菜がわざと大げさに、プイっと横を向いた。


「それは悪かったとは思うけど、あれだけイメージと全然違う華菜が来たらほんとに誰? ってなるわよ。なんなのよ、あの“湊由里香!”っていう呼び方。無理に背伸びしている華菜はそれはそれで可愛らしかったけど」


そこまで言って由里香が失笑してしまった。華菜は思い出したくない記憶をよりによってその張本人に思い出話にされてしまい、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。


「あの、もうその話はそれくらいにしてもらっても……」


「ごめんごめん。華菜もあんまり思い出したくない話よね。でも続けるわ」


「えぇっ!? 酷くないですか!」


「だってこのままだったらこっちはこっちで変なツンデレみたいになるじゃないの。可愛いって言いながらあなたと関わるのを拒否してしまってたんだから」


「まあ、そうですね。あと、あの行為を可愛いって言われるのは恥ずかしいんでほんとやめてください!」


「ごめんってば。ただ、あの段階での私は説明した通り、とにかく野球から離れたかったのよ。ただでさえあなたに会う前から野球が恋しくなっちゃってたのに、華菜の顔を見たらいよいよもう野球無しの生活に戻れなくなるって思っちゃって」


「そうだったんですね」


元々野球に対して未練が残っていたのならば、もしかしたら無理やりにでも由里香の教室に行ったときに勧誘しておけば、由里香は華菜になびいたのかもしれない。


だけどそこでスムーズに由里香と野球をすることになっていたら、今一緒に野球をしているみんなと出会えなかったかもしれないから、遠回りはしたけどこのやり方で絶対によかったんだ、と華菜は思う。

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