第102話 湊姉妹②

「当時、私は嫌になるくらい姉と比べられたの。どこに行っても“湊唯の妹”としか認識してもらえなかった。好投をしたら『湊唯の妹なんだからこれくらいできて当たり前』と言われ、打たれたら『湊唯の妹なのに期待外れだった』と勝手にガッカリされてたの」


由里香は端的に話したが、その話し方にはたくさんの悔しさの感情が含まれていた。きっと実際に受けた言葉は、こんなものではなかったのだろう。


「それは……辛いですね……」


華菜は心底同情した。あれだけ凄い球を投げる由里香なのに、湊唯の妹としか見てもらえないなんて。


どれだけ素晴らしい投球をしても、史上最高レベルの女子投手を姉に持つ由里香は“湊唯の妹”としか扱ってもらえないのだ。勝手に姉と比べられて、勝手に劣っていると見なされる。なんて悲しいことなのだろうか。


「あなたが私のことを湊唯の妹ではなく、湊由里香としてみてくれたことが嬉しかったの。湊由里香として私の投球を誉めてくれて、慕ってくれたことが凄く嬉しかった。だから突然私と姉を比べてるみたいな内容のメッセージが送られてきたとき、すっごくショックだった。信頼してた華菜も、私のことは湊唯の妹でしかないって。良い球を投げるって言われてるのかなって思ってしまって……湊唯の妹でなければ価値がないって言われているみたいに感じてしまったの。それが当時精神的に辛かった私の最後の一押しになってしまって……」


「そんなこと……言うわけないじゃないですか……」


華菜が下唇を噛んで湧いてくる感情を抑えた。悲しいのか、悔しいのか、申し訳ないのか、腹立たしいのか、自身の抱いている感情に名前が付けられなかったけど、何らかの感情が溢れてしまいそうで、それを必死に堪えた。


「そうよね。あなたがそんなこと思ってるわけないって落ち着いて考えたらすぐにわかるはずなのに、勝手に被害妄想してあなたが他の人と同じようなことを考えてるって思っちゃって……」


「そうですよ。私が唯選手と由里香さんを同じように見るわけないじゃないですか……唯選手も由里香さんも、私にとっての憧れで、すごくかっこいい人だっていう意味では同じですけど、由里香さんのこと“唯選手の妹”という言葉だけでは片付けられないですよ……」


「そうよね。本当にごめんなさい。冷静に考えたらすぐわかることなのに……」


由里香がとても辛そうに、俯いて打ち明ける。きっとその当時、由里香は至る所で、“湊唯の妹”であったり、“湊唯の劣化版”であったり、そういった類の扱いを受けてきたのだろう。


必死に頑張って、姉を超えようと努力すればするほど、結果を残せば残すほど、彼女の知名度が広がっていき、結果として“湊唯の妹”として由里香のことを認識する人が増えていったのだろう。


そして、可愛がっていた華菜にまでそういう風に思われていると勘違いしてしまうくらいに周りのことを敵だらけだと思ってしまっていたのだ。


そう思うと、華菜まで悲しい気持ちになってきた。華菜も黙って俯いて、下を見てしまう。由里香になんて声をかければいいのか分からなかった。

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