第98話 想い①
「久しぶりね、華菜」
「由里香さん……」
入学してから相対するのは3度目になるが、まともに真正面から取り合ってくれたのも、ちゃんと名前を呼んでくれたのも初めてのことである。
華菜は飛び出そうになる心臓を必死に静めるために、深く呼吸する。ずっと話したかった由里香が今目の前にいることに現実感がなかった。
「校舎内に野球部の部室があるのでそこで話しませんか?」
華菜の提案に由里香は静かに頷いた。
右手と右足が同時に前に出てしまっているのも気にせず華菜は歩く。その後ろからゆっくりと由里香はついていった。
誰もいない旧第2校舎の廊下には2人の静かな足音が響き渡っていた。
由里香と一緒に入ると、毎日来ている部室もまったく違う物に見える。取調室とかお見合いの場みたいな緊張感を持って入らなければならない場所のように思えてしまう。
「適当に座ってください」
華菜が由里香に着席するよう促すと、由里香は窓際にある椅子に座った。
「1年半ぶりくらいかしら」
「え?」
「あなたとゆっくり話すのって」
「そう、ですね……」
華菜が中学2年生の秋ごろに由里香からブロックされてから、連絡を取るための手段がなくなっていた。
華菜には由里香に言わないといけないことも、聞かないといけないこともたくさんある。そして、多分由里香もそうなのだろう。
お互いどこから話せばいいのか言葉が見つからず、視線をうろうろさせてしまう。動かし続ける視線が時々合っては、そのたびに2人ともサッと目を逸らす。
このまま無言でいても仕方がないので、そろそろ本題に入らなくてはと華菜は覚悟を決める。
「あの」「あのさ」
華菜と由里香がほとんど同時に口を開いた。
「先どうぞ」「先言って」
またもほとんど同時に言葉が被った。せっかく譲ってもらったから、先に伝えようと心を決める。
「「ごめんなさい!」」
今度は全く同じ言葉をまったく同じタイミングで発した。立ったまま深々と頭を下げた華菜とテーブルに両手をついて頭を下げた由里香、2人がキョトンとした様子でお互いに目を合わせた。
続きを話さないといけないという思いや、由里香が何を謝ったのだろうかという思いはたしかにあった。だけど、なんだかいつもカッコいい由里香のキョトンとした顔を見ていると、そういう大事な話よりも面白さの方がこみあげてしまい失笑してしまった。
「ちょっと、何笑ってんのよ!」
「いや、だって……。ていうか由里香さんも笑ってるじゃないですか」
「それは華菜につられて……」
失笑が伝染したのか、いつの間にか華菜と由里香は一緒になって笑っていた。怪我の功名と言えばいいのか、張りつめていた空気が一気に緩和したようだ。
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