第5章 バッテリーを探して

第95話 お呼び出し致しますわ①

お昼休み、美乃梨は教室内で野球雑誌を読むふりをしながら、由里香の様子を伺っていた。


彼女は今日もいつも通り取り巻きの女子たちと談笑をしている。もっとも、周囲の女子たちが心底楽しそうに、由里香に夢中になっているのとは対照的に、由里香の心はここにあらずという感じではあるが。


始業式の日に華菜はなが突然2年3組にやって来たあの日から少しずつ野球へと傾いていた由里香の心は、野球部設立を機にさらに拍車をかけて動き出しているように見えた。


そろそろだろうか。美乃梨はこれから始まる“湊先輩旧第2校舎誘導作戦”に向けて心の準備を整える。もちろん作戦名を考えたのは言うまでもなく千早である。


「お呼び出し致しますわ。2年3組湊由里香さん、2年3組湊由里香さん至急職員室まで来てくださいませ」


声と口調で明らかに怜と丸わかりなアナウンスが入る。そんないかにも怪しいアナウンスに、由里香が反応するかどうか美乃梨は見守っていた。


「なんか呼ばれたからちょっと行ってくるわ」


「由里香何かやったの?」


「なんか1組の春原さんっぽい声だし、放っておいたらいいんじゃない?」


「そうだよ。別に行かなくてもいいよ」


周りの人たちの声に耳を傾けつつも、由里香が席から立つ。


「大事なようだったら困るから、一応」


由里香はそのまま教室を出ていく。周りの子を置いて1人で出ていったところを確認してから、美乃梨も席を立った。


ここからが美乃梨の仕事である。職員室へ向かう由里香をすぐ後ろから美乃梨がつけていく。ちょうど偶然同じ方向に用がある、という雰囲気を醸し出しながら。


少しして、階段のあるあたりで美乃梨が由里香に声をかける。多分、入学してから初めて由里香に声を掛ける。華菜と一緒に野球部を創らなければ、3年間一度も話すことがなかったかもしれない。


天才投手湊由里香と話せるなんて、と一人の野球ファンとしても、美乃梨は緊張してしまう。


「ねえ、湊さんちょっといい?」


「ごめんなさい、私ちょっと今から職員室に行かないといけないのよ」


「あの放送れーちゃ……春原さんが流してたんだけどさ、本当は職員室に行って欲しいんじゃないんだ」


由里香が首を傾げた。言葉をそのまま捉えてくれたみたいで、ホッとする。ここで美乃梨がうまく旧第2校舎の前まで誘導できなければ、作戦は台無しになってしまう。


「私はどこに行けばいいの?」


「旧第2校舎って知ってる?」


「一応は」


「ちょっとそこまで一緒に来て欲しいんだよね」


「でもあそこって立ち入り禁止じゃなかったかしら?」


「大丈夫だって。まあボクについてきてよ」


「ええ」


美乃梨に言われるがまま、由里香は後ろを着いていく。

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