幕間3 それはまるで恋に落ちているかのような③

春が来て入学式の日を迎えた桜子は、本当に由里香と共に桜風学園に進学できているという事実が信じられなかった。


野球をやめた由里香が、その集中力をすべて学業に向けてしまえば、桜風学園に合格することなんて、造作もないことだったようだ。


桜子の中には、なおも由里香に対していくつもの複雑な感情が混ざり合っていた。


由里香とともに桜風学園に進学できたことに対する喜びの感情、由里香が華菜のことを話さなくなった安堵の感情、由里香が姉の呪縛から解き放たれたことへの嬉しさの感情、子供の頃から由里香と成し遂げたかった桜子の夢が一つ潰えた悲しみの感情。


だけど、結局由里香がマウンドに立つ姿を見られなくなった寂しさの感情が一番強いようにも感じられた。あの凛々しい、ピッチャー湊由里香の姿が二度と見られないことへの寂しい気持ちは想像以上に大きかった。


それでも高校に入学した由里香は、これまで見た事ないくらい平穏な毎日を送っていた。これはこれで由里香にとって幸せなことだったのかもしれない。そんなことを考えながら、桜子も日々を過ごしていた。


高校2年に上がった入学式の日、初々しくて、可愛らしい後輩たちがたくさん入学してきた。桜子が生徒会長として出席していた式典も終わり、生徒会室に戻ろうとしていた時だった。


1人の少女が、誰もいない2年生の教室を覗いている。その姿は、これから新生活が始まることへの希望に満ち溢れたものに見えた。


ただの初対面の新1年生であるはずのその少女を見た瞬間に、なぜか桜子は胸騒ぎを覚える。その少女に、声を掛ければ由里香の平穏な時間が崩れてしまいそうな、そんな予感がしたけれど、桜子は声を掛けずにはいられなかった。


「2年生の教室に何か用でしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る