第85話 由里香の家で①

桜子が由里香の家に来た時間は、すでに21時を回っていた。


「ごめんなさい、遅くなってしまいました」


「今日も生徒会? 遅くなるのは別に気にしないけど、あんまり無理しちゃだめよ」


「そんな母親みたいなこと言わないでください」


桜子が由里香に微笑む。子どもの頃から頻繁に来ている由里香の家は、昔からあまり変わっていないように感じる。


だけど、それは頻繁に来過ぎているがゆえに、些細な変化が積み重ねられた部分に気が付かないだけで、きちんと記憶を整理すると、たった3年ほどの間に大きく変わってしまったことに思い当たる。


数年前までは、スパローズに所属していた彼女の姉である湊ゆい関連のグッズや写真が部屋いっぱいに飾ってあった。


だけど今は、部屋の中から湊唯に関するものがすべて無くなっている。中学に上がった頃くらいまでの由里香は、年の離れた姉である唯の話を呆れるくらい目を輝かせて話していたのに、いつしか彼女の中で、その存在を消すみたいに何も話さなくなってしまった。


年齢が10歳も離れている由里香の姉の唯には、桜子も小学校低学年くらいの、プロ入り前の頃まではよく遊んでもらっていた。とても優しくて、面白くて、少しお茶目な人。クールな由里香とは少し雰囲気が違うけど、とても素敵な人だった。


2年前くらいまでは部屋のいたるところにあったユニフォームやグローブ、ボール等の野球道具もなくなっていた。


そんな中、部屋の中に唯一置いてある、野球をしていたことを匂わせるものが、小学校低学年の時に撮った、一緒のユニフォームを着た桜子と由里香が無邪気な笑顔で写っている写真だった。


大きな口を開けて無防備に笑い、ブイサインをしているのがすごく恥ずかしいから、飾るのをやめて欲しいと桜子が言っても、この写真だけは由里香は絶対に片付けようとはしなかった。


この写真の頃の桜子には、恥ずべきこととか、おこがましいこととか、そういう考えはまだなかった。由里香の横にユニフォーム姿で立つことがどういうことを意味するのか、考えようともしなかった。


桜子と由里香の間にある明確な差なんてことも考えなくてもよかった。そんな無邪気でおこがましい夢を抱いていた頃の自分の姿を由里香の家に来るたびに見なければならないことが、桜子は嫌だった。

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