第83話 最後のピースを探して②
「桜子さん、わたくし今日はあなたのお話をしに来たのに、あまりわたくしのことを詮索されても困りますわ」
「ですが、突然バレーボールをやめたと言われれば、理由くらいは聞きたくなります」
桜子が尋ねると、怜は面倒くさそうにため息をついてから答えた。
「わたくしバレーの練習中に怪我を負ってしまいまして。それでもうバレーの方は引退しましたの」
「怪我?」
「ええ怪我ですの。それで納得して頂けましたか? わたくしそろそろ本題に入りたいのですが」
「え、えぇ……」
当然それだけの説明で納得できるわけはないのだが、怜がいつにも増して強い口調で強引に話を終わらせにかかったので、桜子も思わず曖昧に頷いてしまった。結局野球部になぜ入ったかという話も、中学時代にバレー部をやめたことへの詳しい説明も何もなかった。
それに、そもそもバレーボールを怪我でやめたのに、なぜ野球はできるのだろうかという疑問も生じてくる。ただ、怜はそれを教えてくれそうになかったので、桜子もそれ以上の追及を諦めた。
そんなことを考えていると、怜がゆっくり桜子の元へと近づいてくる。桜子が座っている席の前まで来られたので、桜子は背の高い怜をかなり見上げる形になってしまう。
「わたくし、そろそろ美乃梨さんが野球部に入るんじゃないかと思っていますの」
「そうですか。それは良かったですね」
「美乃梨さんで7人目。部員が8人になったら湊さんをお誘いすることになると思いますので、もうあと1人でリーチという形になりますわね」
「そうですか」
桜子はできるだけ素っ気なく返事をした。
「きっと湊さんの球を取るためにはキャッチャーが必要になると思うのですが、うちの野球部、どうやらキャッチャー経験者がいないようですの」
「言いたいことがあるのなら、ストレートに言ってもらえませんか?」
言いたいことを理解していないふりを装っているが、桜子の心臓の鼓動は次第に早まっていく。
「ふふっ、まあそんなに急かさないで頂きたいですわ。物事には順序というものがありますの。とりあえず、今のままだと華菜さんくらいしか湊さんのボール捕れる人がいないと思いますわ。やっぱり湊さんの球って女子の中だとそれなりに速い方だと思いますので、ある程度野球に慣れている人しか捕れないと思いますの」
“それなりに、というレベルではないし、小峰華菜が野球経験者だからといって、そんな簡単に捕れるものではないですから!”と桜子は内心反論したが、口には出さなかった。
内心の腹立たしさが表に出てしまわないように気を付けながら、怜の言葉を聞いていた。
「華菜さんなら湊さんのことを誰よりも思っているでしょうし、きっと一生懸命練習したら、心の通じ合った素晴らしいバッテリーが完成すると思いますわ」
怜がさも当然のことを言っているかのように微笑む。
桜子はゆっくり深呼吸をして、一刻も早く心を沈めようと心掛けた。このままでは顔に怒りの表情を浮かべてしまうことになる。
”どうしてさっきから、よりによって小峰華菜の名前を出すのですか!”と喉元まで出そうになった怒りの声を必死に飲み込む。無意識のうちに、桜子はちぎれてしまいそうなくらい強く下唇を噛んでいた。
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