第74話 みんなが練習を休んだ日①

凄美恋すみれが入部してからしばらくたったある日のことである。


「ごめんね華菜はなちゃん。今日バイトの人出が足りないみたいで学校終わったらすぐ行かないといけないんだ……」


お昼休みに一緒に中庭でお弁当を食べていた千早が申し訳なさそうに言う。今日の練習には、千早は来られないらしい。


「華菜ちゃんごめんねー。今日私たち家の用事で部活行けないんだー」


今度は、お昼休み教室に戻るとき廊下で会った咲希に言われる。今日は真希も咲希も家の用事で部活に来られないようだ。


『今日オケイコゴト?ってやつやらされるらしいから部活行かれへん! ごめんな!』


教室に戻ってきて机の上を見ると数学のプリントの裏に、殴り書きで、でかでかと書かれていた。差出人は書かれていないけど、この関西弁は間違いなく凄美恋だろう。凄美恋も今日は部活に出られないらしい。


そうなると、今日は華菜と怜と、マネージャーのような形で練習をサポートしてくれている美乃梨の3人だけで練習をすることになる。



放課後、旧第2校舎の部室に行くと、先に怜が待っていた。いつも遅れて部室にやってくる怜が、先に部室で待っているのは珍しい。


「あら、華菜さん、ごきげんよう。わたくしちょっと生徒会長に用がありまして。今からちょっと生徒会室に行って参りますの。なので、ちょっと今日の部活は休ませて頂きますわ」


「生徒会長に用って一体何しに行くんですか? あの、野球部の事で生徒会長に喧嘩売ったりはしないでくださいね……」


「ふふ、大丈夫ですわ。わたくしのプライベートのお話ですの。ちょっと生徒会長と楽しくお喋りをしようと思ってるだけですわ」


うふふ、と口元を隠して笑う怜に、なんだか不安を覚えてしまうが、これ以上追求しても本当の目的を怜が教えてくれないことは華菜にもよくわかっているので、深くは聞かないことにした。


「それならいいんですけど……でも今日は怜先輩もお休みなんですね」


「“も”ってことは皆さんお休みですの?」


「そうみたいです」


結局、怜も生徒会室に行ってしまい、華菜は1人部室に残ることになった。



「お疲れー。って、あれ? まだ華菜ちゃんしか来てないの? みんな今日は遅いんだね」


部室に入ってきて美乃梨が首を傾げる。


「なんか、みんな休みみたいで」


「そうなんだ。じゃあ今日は部活休みにするの?」


「いえ、1日でも早く実践感覚を取り戻したいんで練習はするつもりです」


受験勉強やら野球部ができるまでの間やらで、半年以上のブランクができてしまっていた。ブランクに伴う野球の能力の衰えは華菜自身が一番自覚している。一刻も早く元の体のキレを取り戻すには、とにかくひたすら体を動かすしかない。


「でも1人で大丈夫?」


「いえ、1人じゃないじゃないですか?」


「え?」


「美乃梨先輩も一緒に練習しましょうよ! まずはキャッチボールからですね!」


「……はい?」

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