第73話 6人目の部員④

「凄美恋の言う雲ヶ丘家の理論だと、もし野球をやってるお嬢様育ちの人がいれば野球をしてもいいってこと?」


「ほんまのお嬢様が野球やってるんやったらいけると思うけど……」


「どの辺からお嬢様扱いになるのかはわからないけど、例えばうちの学校の理事長の娘とかはお嬢様扱いしてもらえる?」


「それはお嬢様やろ! こんな伝統ある学校の理事長の娘なんて立派なお嬢様として扱ってもらえると思うわ!」


その答えを聞いて、華菜と千早は顔を見合わせて笑いあった。


「怜せんぱーい、6人目の子見つけてきましたよー」


華菜と千早と凄美恋がグラウンドに小走りで戻りながら、遠くにいる怜に声を掛ける。


「ちょ、うちは野球できへんって言ってるやん!」


「いいから、ついてきて」


嫌がる凄美恋の腕を掴んで無理やり怜の元へと連れて行く。


「6人目ってその子のことですの?」


怜の元へとやって来た華菜たちに向かって怜が話しかける。


「そうです。この子、雲ヶ丘凄美恋ちゃんです」


「ふうん」


怜が見定めるようにして凄美恋のことをジロリと見る。じろりと一瞥した後に、突然凄美恋の手入れのされている綺麗な髪の毛を触りだした。


「ちょっ、いきなり何するねん!」


「あの、怜先輩。セクハラになっちゃうんで、やめてあげてください」


華菜が慌てて止めに入った。


「別に家が変わったからって無理せず自分に正直に生きたほうがよろしいですわよ。ただ、うちの学校カラーリングは禁止ですので髪の毛は今の色のままでお願いしますわね」


「な、なんで髪色のこととか、うちの家のこととかわかるねん?」


凄美恋が動揺している。


「髪の毛なんて触ったらすぐわかりますわ。おそらく茶色い髪にパーマを当ててらっしゃったのではないかと。あと、雲ヶ丘さんの家のことについては理事長の娘権限ということで……」


怜の返答を聞いて凄美恋が目を丸くしていた。華菜が凄美恋に向かって話しかける。


「この人野球やってるお嬢様だけど?」


「ほんまにおるんやな! 野球お嬢様!」


「野球お嬢様?」


怜が首を傾げた。


「これで納得してくれた?」


「桜風学園の理事長の娘公認の部活動なら雲ヶ丘の家の人も文句言わんと思うわ!」


「じゃあ、もう野球部に入ってくれるって考えても良いってこと?」


「当たり前やん! 華菜、千早、怜、今日からよろしく頼むで!」


そう言って怜と華菜と千早に挨拶した後、凄美恋は向こうで練習している真希と咲希の方へと楽しそうに駆けて行った。


「ところで怜先輩、髪の毛触っただけで、以前の髪の状態とかまでわかるもんなんですか?」


凄美恋が去っていった後に華菜が尋ねた。


「まさか。わたくしにそんな特殊能力あるわけないですわ。単純に、うちの生徒の昔の髪型や髪色のお話なんて、簡単に調べられますわ。あんなにも毎日熱心に練習を見に来てくれてる子ですので、少しばかり興味が出たので調べさせて頂きましたわ」


「えっと、じゃあ凄美恋の髪の毛を撫でまわしてたのは……?」


「目の前に綺麗に手入れされた髪の毛があれば、触りたくなるのは人のさがではありませんの?」


「いや……性ではないと思いますよ……」


華菜は大きなため息をついて苦笑する。どうやら突然凄美恋の髪の毛を触りだしたことは完全に怜の気まぐれだったようだ。


ただ、結果的に凄美恋が野球部に入ってくれたのは怜が理事長の娘であったおかげだし、今回は何も言わないでおくことにしよう、と華菜は思った。

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