第72話 6人目の部員③

「あんた、いつから居ったん?」


凄美恋が真後ろに立っていた千早に向かって問いかけた。華菜の逆の方向から追いかけていった千早は、ずっと凄美恋のすぐ後ろで待機していたのだが、何も言わず立っていたため気づかれなかったようだ。


もちろん千早は忍者ではないので、気配を消すこととかはできないのだが、ずっと凄美恋が勢いよく、ハイテンションで話していたので、千早の方に気を取られなかったようだ。


「多分、『めっちゃ追いかけてくるやん!』って言ってたくらいからだと思うけど」


千早が初対面の人と話すのが苦手なので、代わりに華菜が話す。


「じゃあほぼ全部聞かれてるやん!」


凄美恋の反応を見て、千早が気まずそうに苦笑いをする。


「おるんなら言ってや……こんな可愛らしい見た目してんのに、めっちゃうるさいこと、バレたら恥ずいやん……」


凄美恋が自分のお淑やかになった容姿を褒めながら、落ち込む。


「ごめんね。スミレちゃんが楽しそうにおしゃべりしてるの見てたらなかなか言い出せなくて……」


いつの間にか華菜の横にやってきた千早が、華菜の手首を掴み、少し声を震わせながら話す。


先日一緒に生徒会長のところに行った件もそうだし、千早も少しずつ初対面の人と話せない癖を克服しようと頑張っているのかもしれない。


「あれ? なんであんた、うちの名前が凄美恋っていうこと知ってるん?」


凄美恋が千早に向かって指を差す。


「……」


千早が言葉を詰まらせた。千早が本来知らないはずの凄美恋に関する情報を話したため、動揺しているようだ。


「なあ、華菜。もしかしてあんた、うちが元野球部のことも、雲ヶ丘家に養子に来たせいで行動が不自由になってて、野球がしたくてもできひんことも言ったんか?」


突然凄美恋が、少し語気を強めて話し出す。


華菜がこれまで気になっていたけど、答えてもらえなかったことまで自分から情報提供をしてくれたことに困惑する。


「……待って、凄美恋。あんたおしゃべりが好きすぎて大事な事伝えすぎてる。ツッコミどころが多いから1つずつ整理させて」


華菜が頭を抱えた。


「まず、凄美恋が元野球部だけど今は野球部に入れないってことは、私が千早に言ったわ。あなたの名前も私が千早に教えた。これについては勝手に話してごめんなさい」


「いや、別にそんなんバレても困ることやないし、謝ることちゃうやん。気にせんでええよ」


なぜ気にしなくてもいいことを語気を強めて、怒るような口調で言ったのか、というツッコミどころは、もうスルーしておこうと思った。


「そしてもう1つ、凄美恋が雲ヶ丘家に養子に来たって話、私も初耳だったんだけど……」


「嘘やん! もしかしてあたし、わざわざ自分から個人情報べらべらと喋ってもうたってこと?」


「野球部の勧誘には必要っぽい情報だから私は言ってくれて助かったけど、凄美恋自ら教えてくれたことはたしかね」


「え、うちめっちゃ口軽いやん! でもまあ、言ってもうたもんはしゃーないか」


秘密にしたがっていた割にはサラッと流していく。


「で、雲ヶ丘家に養子に行ったせいで野球ができないって一体どういうこと?」


「なんか、はしたないから野球はやめろって言われてんねん」


「はしたないってどういうことよ?」


「なんかシュクジョ?は野球せんらしいねん。んなわけあるかーって思って例外を挙げようと思ってんけど確かにお嬢様の現役女子野球の選手とか知らんしなあって思って。ていうかそもそも、野球選手がお嬢様育ちやったとかわざわざ自分から言わんしなぁ」


凄美恋の言葉を聞いて千早が「ねえ、華菜ちゃん」と耳打ちする。華菜も千早の言わんとすることはわかった。

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