第69話 華菜と千早の作戦会議④

「でも千早、あんた前に特定の部活には入ってなかったみたいなこと言ってたけど、なんでそんなに足速くなったのよ?」


「毎朝走って新聞配達してたらいつの間に鍛えられちゃってて……」


「新聞配達?」


「うん」


確かに、毎朝走って町中の家に新聞を配っていたら、かなり走力は鍛えられそうではある。けど、中学時代から新聞配達のバイトをしていたとなると、やはり犬原家は家計が大変なのかもしれない。


高校に入ってからも、部活動と勉強だけでも大変だろうに、それに加えてバイトまでしているし。


「ねえ、もしよかったら私のグローブとか使う? お古でよければどうせ使わないし。千早は右利きよね?」


家のことで大変なんだったら、多分野球道具を買うのも大変なはず。幸い、華菜の家には使わなくなったグローブがいくつかある。グローブの他にも用意しなければいけないものは多いから、助けてあげられるところは協力してあげたかった。


「わあ、華菜ちゃんのグローブもらえるの! ヤッター! ……って喜びたいところなんだけど、千早左利きなんだよね……」


左利きだと千早がより理想的な1番バッターになってくれそうで嬉しくはあるけど、残念ながらグローブは融通できない。


「うちにあるのは全部右利き用のグローブなのよね……」


華菜がため息をつく。


「大丈夫だよ、華菜ちゃんの優しさだけもらっとくね、ありがとう。グローブはアルバイト代で買うから問題ないよ」


千早が華菜に笑顔でブイサインをする。


「なんかごめん……ただでさえ授業料とか大変だと思うのに……」


千早の家の話なので、華菜が心配すべきではないのかもしれないけど、自分が巻き込んでしまった野球部の話で、千早に負担をかけさせてしまうことが、なんだか申し訳なくなってしまう。


「その辺は意外と平気だったりするんだよね。桜風の独自の奨学金制度が結構しっかりしてるから、在学中にはほとんどお金払うことなく学校に通えてるんだ」


「桜風にそんな制度あったの?」


千早が大きくうなずいた。華菜はふうん、と相槌を打った。華菜の中では桜風学園に通っているのは全員お金持ちのような印象があったから、きちんといろんな家庭の子が通えるように配慮してくれていることがなんだか意外だった。


もっとも華菜自身別にお金持ちでもなければお嬢様でもないごく普通の家庭で育ったのだけれど。


「って千早の話はどうでもいいんだよ! 今はスミレちゃんをどうやって野球部に入れるか考えるんでしょ!」


華菜がいつの間にか深刻な表情をしてしまっていたのを察したのか、千早がいつもよりも元気に話す。


「そうね!」


華菜も必要以上に元気に返事をした。


「でも、現状原因がわからないし、明日話を聞いてからになりそうだね」 


「まあとりあえず、私と千早で凄美恋を捕まえるところからね」


結局凄美恋を野球部に加入させるための具体的な作戦は決まらなかったが、代わりに昔の千早のことを少し知ることができたし良かったのかな、と華菜は思った。


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