第70話 6人目の部員①

華菜はなと千早が作戦会議をしていた翌日もまた、いつも通り凄美恋すみれは練習を見に来ていた。


誰かが声を掛けると逃げてしまうけど、華菜と会って以来、毎日欠かさず凄美恋は練習を見に来てくれていた。


しかも、好プレーをしたときには、静かに拍手をしてくれていたり、小さくガッツポーズをしてくれていたりと、かなり真剣に見てくれている。


この時点で野球部の部員扱いしてあげたいくらい熱心である。


「今日も来てくれてるね」


千早が嬉しそうに華菜の方へやってくる。


「昨日決めたサインちゃんと覚えてる?」


「もちろん! スミレちゃん捕獲大作戦頑張ろうね!」


結局作戦名を悩んだ結果、“スミレちゃん捕獲大作戦”に決めたらしい。どうしても凄美恋の名前を入れたかったようだ。千早が、スミレという名前の漢字表記が凄美恋であることを知っているのかわからないが、とにかく可愛い名前といってお気に入りの様子である。


練習がひと段落着いたところで、華菜は千早にサインを出す。帽子を取った後、耳を2回、鼻を1回触り最後に左肩を触る合図。


その合図を確認して千早が走り出したので、華菜も一度練習を抜けて走り出す。千早と華菜は逆の方向に走る。


最終的に決めた作戦はシンプルに挟み撃ち。


校舎にはグラウンドに面している側と、あまり人が通らない校舎裏の部分がある。校舎裏の部分は一本道になっており、挟まれたら逃げ場がない。


華菜が凄美恋を追いかけて、上手く校舎裏に逃げるように誘導する。千早は先回りして校舎裏の道の華菜と逆の方向から追いかけていく。華菜と千早で一本道を前後から追いかけ、凄美恋の逃げ場を無くすという作戦である。


華菜が凄美恋のほうに走っていくと、想定通り凄美恋は校舎裏へと逃げて行く。上手く校舎裏に向かって誘導できたので、あとは千早が逆方向から回ってきて凄美恋に追いつくだけだ。


そう思っていたときに、突然凄美恋が走るのをやめた。てっきり華菜から逃げているものだと思っていたから、華菜は拍子抜けする。


「めっちゃ追いかけてくるやん!」


逃げるのをやめた凄美恋がくるりと華菜の方を向く。その表情は前回フェンス際に追い詰めていた時とは打って変わっていた。仲の良い友達に向けるような素敵な笑顔を華菜に向ける。


「あんたが逃げるから、ちゃんと話をするには追いかけるしかないでしょ」


華菜が息を整えながら話す。


「だって、こんなアホみたいにゲラゲラ笑ってるのバレたら恥ずいやん! 絶対みんなうちのことお淑やかな子やと思ってるもん」


「それは多分そうでしょうね」


まさか凄美恋がこんな元気に関西弁を話す饒舌な子だとは思わないだろう。


見た目のイメージではか細い声で気弱そうに話していそうな雰囲気を醸し出している。実際華菜も凄美恋が口を開いた時のギャップには驚かされた。

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