第66話 華菜と千早の作戦会議①

凄美恋すみれは、華菜はなと出会った次の日から、野球部の練習を近くで見てくれるようになった。邪魔にはならないように校舎のそばで、一定の距離を取ってはいるが、昨日までのようにこそこそ隠れて見るなんてことはしていない。


おかげで華菜以外の部員も凄美恋の存在を知ることになった。


ただし、そこで見ている人が何者なのか、具体的なことを知っている者は華菜以外にいない。せいぜい華菜が千早に「あそこで見ていたのは野球好きの子だったみたい」と伝えたくらいである。


とはいえ、みんなの目につきやすい場所で練習を見ていると、やはり声をかけたくなるのが人というものである。


「ねえ、キミも野球好きなの? 良かったら野球部に――」


美乃梨が凄美恋に話しかけようとするが、凄美恋は慌てて首を振っただけで、何も答えず、どこかに走って逃げて行ってしまっていた。なんだか旧第2校舎の屋上で、怜に初めて会ったときの千早を彷彿とさせる逃げっぷりである。


きっと凄美恋の中で、野球をしたい気持ちと何らかの理由により野球ができない気持ちとで葛藤していて、まだ積極的に野球部の人と関わる気持ちになれないのだろう。


「ねえ、華菜ちゃん、あの子知り合い?」


美乃梨が華菜に尋ねる。


「一応知り合いです」


「昨日も来てたけど野球部に入りたい子とかなの?」


「野球好きな子みたいなんですけど、なんか千早と同じで凄い人見知りみたいで」


先日凄美恋から聞いた話を全部伝えるとややこしそうなので、とりあえず勝手に人見知りということにしておいた。


多分、凄美恋は人見知りとは真逆の性格だと思うけど、見た目はお淑やかなので美乃梨も特に違和感を抱かず、華菜の言葉をそのまま受け取ってくれた。


「あの子と話とかできないのかな?」


「うーん、なんか人見知りが凄すぎて、まだちょっとみんなに心を開けていないというか……話しかけたら逃げだしちゃうんですよ」


「じゃあ難しいか」


「あはは、そうですね」


華菜が渇いた愛想笑いをして、美乃梨との話を切り上げた。


一旦お茶を濁したものの、野球経験者だと言ってたし、凄美恋が入ってくれたら頼もしいのは事実である。なんとか勧誘する手立てを考えなければならない。


「ねえ、千早? ちょっと今日練習終わり時間ある? バイトとかあるんだったらまた後日で大丈夫なんだけど」


「バイトはあるけど、20時からのシフトだから大丈夫だよ」


「じゃあちょっと話があるから帰りにどっか寄って帰らない?」


「わかった!」


千早が元気よく返答した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る